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第9話
「そっかぁ。そんなことがあったんだね」
「長い話になって、ごめん」
「ううん。楓斗くんのこと、ちょっと知れた気がして嬉しいよ」
茜音ちゃんは、すっかり飲み干してしまったアイスティーのコップの中で、ストローをくるくると回す。コップに残っている氷がその動きに合わせて、カランと小気味いい音を立てた。
「楓斗くん、スイートピーの花言葉がなにか知ってる?」
唐突な質問に目を丸くする。聞かれている意図が分からず、首を横に振った。
茜音ちゃんは小さく笑って、呟く。
「スイートピーはね、“優しい思い出”、“ほのかな喜び”っていう花言葉なんだよ」
「……!」
すぐに、何を言いたいのか分かった。
「そうか……、俺――」
「うん、きっとそうだと思うな」
皆までは語らずに、茜音ちゃんは笑う。
いつの間にか、自分の中では悠花との過ごした時間は遠い思い出になっていたのだ。気付かぬ間に、彼女への初恋の想いと共に思い出と化していたようだ。
最近、彼女のことを考えなくなったのも、そういうことなのかもしれない。妙に、すとんと自分の中で何かが腑に落ちた。
何だか気持ちがスッキリする。今なら彼女を心から祝福できる気がした。
それもこれも茜音ちゃんと出会ったおかげだ。俺の心はもう、茜音ちゃんに魅了されている。気付いてしまった。茜音ちゃんへの気持ちに――――。
「あともう二つ。スイートピーは、“門出”と“別離”って花言葉もあるよ」
まさに今の自分にぴったりだ。
先ほどの彼女の姿が思い浮かぶ。大きいお腹を抱えて、幸せそうな表情で愛おしそうに近い将来会える我が子を見つめていた彼女。
ありがとう、悠花。
最高に幸せな女になれよ。
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