26人が本棚に入れています
本棚に追加
第9話
それからの私の大学生活は、十分すぎるほど幸せな日々だった。彼の仕事柄、なかなか会える時間が作れなかったので、付き合ってちょっとしてから同棲を始めた。
彼は怒ることがほとんどなく、本当に心が広い人で、自分が器の小さい人間のように思えてくる時が時々あった。
「最近、どう? 菊池先生と喧嘩したりするの?」
「ううん、全っ然しない。大人の男性ってすごいね」
大学二年に上がったばかりの春。久々に桜空と買い物に来ていた。桜空とは別の大学に通っていたので、週一、二回程度こうして会っていた。
桜空は紅茶を飲みながら、ニヤニヤとこちらを見つめてくる。
「先生って、いくつだっけ?」
「今年で二十八かな」
「じゃあ、そろそろかなぁ」
「え? なにが?」
「プロポーズ」
桜空の思わぬ言葉にケーキを刺していたフォークを落としそうになる。
「ぷ、プロポーズっ!?」
つい声が大きくなり、慌てて小声に戻す。
「え、いや、早くない?」
「そうかなぁ。先生の方は考えてそうだけどなぁ?」
ときどき、桜空は驚くぐらい勘が当たるから怖い。
もうすぐ二十歳の誕生日を迎える。変に意識してしまいそうになるではないか。
「茜音ちゃんも人妻か」
「ま、まだ決めつけるの早いって。それに春馬さん、最近忙しそうだし」
「そうなの?」
「うん。受験生の担任になったのと卓球部の顧問になっちゃって……」
そうなのだ。休みの日も部活で学校に行っていたりしていて、ここ最近デートすら出来ていない。だから、こうして桜空と休みの日にお茶をしている。
「わたし的には休みの日、一日茜音ちゃんを独占できて嬉しいけどねっ」
茶目っ気たっぷりに片目を瞑る桜空。
大学生になってもマイナスイオンの癒し効果は健在だった。
「でも、茜音ちゃんの誕生日当日は、先生と過ごす約束してるんでしょ?」
「うん。その日は絶対に予定を空けるって言ってた」
「なら、大丈夫だね」
桜空の言葉に頷きつつ、ちょっと不安だったりもしている。
そうして、迎えた誕生日当日。急な予定が入ることもなく、久しぶりにデートを堪能した。
「最近忙しくて、寂しい思いさせてごめんね」
「ううん。受験生、大変だもんね」
「そうなんだよね。理解のある彼女で本当に助かる! ありがとう、茜音」
彼が優しく頭を撫でてくれる。それだけで、心が穏やかになる。心地よさに目を細めながら、彼にくっつくようにして歩いた。
最初のコメントを投稿しよう!