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第8話
翌日、外で友達と勉強すると家族に伝え、家を出る。予定の時間より早く駅に着いたので、単語帳を見ながら改札前で待っているとすぐに声をかけられた。
「お待たせっ! 楓斗、早いね」
「おう」
「女の子より早く来て、 待ってるのはポイント高いぞっ」
茶化すように頭を撫でられる。
「やめろって、恥ずかしい」
「ふふふ。ちょっと早いけど、行こうか」
彼女は楽しそうに笑っていた。初めての二人だけの遠出は、とても楽しかった。久しぶりに彼女とたくさん話した気がする。
紅葉と付き合い始めてからは、彼女と関わることを極力避けていた。紅葉への気遣いでもあり、一番は振られた恋心を再燃させないためというのが大きい。彼女と話すのはやっぱり楽しくて、奥底に蓋をして閉まっていたはずの恋い焦がれる想いが燻る。
だが、どこか彼女の笑顔には張りがない。
「あ、ついたよ」
電車の旅はあっという間で、すぐに目的地に着いた。駅からシャトルバスが出ていて、それに乗って花畑を目指す。駅から大通りを少し行った所で路地に入り、だんだんと景色が住宅街から畑や緑の多いものに変わっていった。
「見て、楓斗っ! あそこ!」
彼女がはしゃいだ声で指差す先には、一面に色とりどりの花、スイートピーが咲き誇っている。
「すげー」
「ね! すごい綺麗」
どちらからともなく感嘆の声が漏れ出る。周りの乗客も同じような反応が車内に広がっていった。
やがて、バスが駐車場に着き、次々と人が降りる。入園チケットを購入し、彼女は一目散に目的の花畑へ向かった。その後を追いかけるように俺は付いていく。
見たことのある花や初めて見る花などがある中、彼女は他には目もくれずに、スイートピー畑へ足早に歩いて行った。
「楓斗、はやくはやくっ」
「ちょっ、早いって」
少し小走りで後を追いかけ、彼女が立ち止まると同時に隣に並ぶ。
「わぁ……!」
「うお……」
そこは、波のようにゆらゆらと花々が揺れていた。まるで、海底にいるような錯覚を起こしそうになる。花の香りも相まって、目を奪われるほどの絶景が広がっていた。
しばらく、お互い何も言えず、沈黙の時間が流れた。
「あたし……、付き合う人間違えたのかな」
ぽつりと彼女が呟く。その言葉にどきりとする。
どういう意味だろうか。
俺とここに来たことへなのか、紅葉とのことなのか、彼女の横顔からは何の感情も読み取れなかった。
「何で兄貴と喧嘩してるかは知らねぇけど、兄貴ほど悠花のことを想っている奴はいねぇよ」
「うん」
「それに、たぶん今一人反省会してると思うぞ、兄貴」
「一人反省会?」
「ああ。たまに自分が言いすぎたと思うと一人で風呂場で自問自答してるんだよ。そういう時、やたら長風呂になるから止めてほしいんだよなぁ」
「……ぷっ。なにそれ、紅葉可愛すぎっ」
俺の話に盛大に吹き出す彼女。
そう、この笑顔。この笑顔が俺は好きなんだよ。悔しいけど、この笑顔を引き出せるのは兄である紅葉だけ。自分は永遠に弟ポジションのままだ。それでいいのかもしれない。彼女が俺を必要としてくれている間、つかの間の幸せを味わえれば、それでもいい気がしてきた。どう頑張っても紅葉の代わりにはなれないから。
「……仲直りしろよ」
「うん、もちろん! ありがと、楓斗」
スイートピーに囲まれて立つ彼女は、日の光を背にその日一番美しく笑っていた。
その後、すんなり二人は何事もなかったかのように仲直りし、むしろ前より一層ラブラブになった気がしたのだった。
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