第9話

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第9話

 茜音とホワイトデーのプレゼントを一緒に買ってから1ヶ月が経とうとしている。あれから、お互いに仕事が忙しく、なかなか会えていない。  その後、楓斗とどうなっただろうか。  普段、本人が言い出すまでは何も聞かないようにしている。でも、正直に言うと気になってしょうがない。  茜音自身、楓斗への想いに気づき始めているようだった。だが、先生のこともあるからか、なかなか一歩踏み出せない様子。  ちょっも心配になる。 「大丈夫かなぁ」  誰に言うでもなく、呟きが漏れる。久々に一人で休みを満喫しようと思っていたが、頭の中は茜音のことでいっぱいだ。ふと馴染みの花屋が目に入り、吸い寄せられるようにお店に入っていく。 「いらっしゃいませ」  見知らぬ女性店員に笑顔で出迎えられる。 「こんにちは」  挨拶を返しつつも、つい女性店員をちらちらと見てしまう。しばらく来てない間に、新しい人が入ったようだ。  そんなことを考えながら、ぶらぶらと店内を見回る。  しばらく見ていたら、携帯が震えた。表示を見ると茜音からだった。 「もしもし?」 『あ、桜空? 今、電話しても平気?』 「うん、大丈夫だよ。どうしたの?」 『……桜空、あのさ』  いつになく、電話越しに口ごもる彼女。何かよくないことでもあったのかと不安になる。だが、すぐに決心したかのようにはっきりとした声で続けた。 『桜空にお願いがあるんだけど』  茜音からの頼みごとなんて、滅多にないことだ。普段は、なんでも自分でこなせてしまう彼女。そんな彼女からの頼みなら、断る理由もない。 「茜音ちゃんのお願いなら、大歓迎だよ!」 『ふふ。本当に桜空は頼りになって、心強いわ』 「そう……かな?」 『うん。で、お願いなんだけど……』  それから15分ほどして、電話を切った。  ちょっとドキドキしている自分がいる。こんなに嬉しいお願いはない。恋愛に関してだけはどこか臆病な茜音が一歩前へ踏み出そうとしている。今まで恋愛を避けてきた彼女にとって、これはとても大きな一歩だ。 「上手くいくといいなぁ」  うきうきな気持ちで店を出ようとして、何かが視界に入った。 「これ……」  ツルニチニチソウに寄せ植えされたシルバーレース。その端に小さく付箋のようなポップがついていて、目を奪われた。  シルバーレースの花言葉は、「あなたを支える」。それとツルニチニチソウが合わさって、「生涯の友である、あなたを支えるよ」という意味で作られた花束らしい。  今のわたしの気持ちにピッタリだ。 「あの、すみませんっ。これを一つ、お願いします!」 「はい。かしこまりました」  店員が柔らかな笑みを浮かべ、花束を手に取る。その時、ふわっと暖かい風が吹き、花々の笑い声がかすかに聞こえたような気がした――――。
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