26人が本棚に入れています
本棚に追加
第4話
「また、睡眠時間を削ったりしてないよね?」
彼の声に、私は過去の甘い記憶から現実に引き戻される。慌てて首を振った。
「前に言われてから、ちゃんと六時間は寝てます!」
「そっか、それならいいけど。無理してない?」
「はい、大丈夫です! 先生からもらったお守り、常に肌身離さず持ってますよ」
制服のポケットからあの日もらった梅守がついた定期入れを出す。お守りについている鈴がチリンと鳴り響く。
「よしよし。偉いっ」
彼があの時と同じように、また嬉しそうに笑った。
そういえば、彼のこんな嬉しさが溢れるような柔らかい笑みは、他の生徒がいる時には見たことがないなと気付いた。
もしかして、私だけ?
そんな都合のいい解釈をしてしまいそうになる。それぐらいもう私は、彼のことが好きで好きで堪らない。この想いを伝えてしまいそうになる。
いっそ、言ってしまおうか。
ふとそう思ってお守りを握りしめていたら、彼と目があった。無言のままお互いに見つめ合い、静かな時間が流れた。外からは、運動部のかけ声や吹奏楽部の楽器の演奏する音が聞こえる。
「せんせ……」
口を開きかけたとき、保健室のドアが開く音と同時に、聞き慣れた声がした。
「茜音ちゃんっ」
「桜空!」
勢いよく桜空が胸に飛び込んできた。甘い花の香りが鼻腔をくすぐる。
「よかったぁ。鈴木先生から茜音ちゃんが倒れて、保健室で寝てるって聞いて」
「ごめんね、心配かけて」
「ううん。午後の授業のノート、全部取ってあるから後で見せるね?」
「本当? 助かる! ありがとう、桜空っ」
ぎゅっと強く抱きしめると、桜空からも同じように抱きしめ返される。
そんな私たちをベッドの向かいで、彼はまじまじと見ていた。
「お前たち、本当に仲良いな」
「当然です! もうずっと茜音ちゃんとは長い付き合いですからっ」
桜空が私に抱きついたまま、自慢げに言う。改めて言われるとなんだか照れ臭い。だが、桜空の言葉に心が温まる。彼女の言葉には愛がこもっていて、好きだ。変わらず、ずっと一緒にいてくれる。
「じゃあ、後は紺野に任せて大丈夫かな」
「はい! ちゃんと茜音ちゃんを家まで送り届けるので」
「宜しく。僕から鈴木先生には、本城が帰ったことを伝えとくから。家でゆっくり休んで」
「はい。……ありがとうございました、先生」
少し名残惜しく思いながらも、なんとか礼を伝える。彼は片手をひらひらと振り、保健室を後にした。すぐに桜空がベッドの脇に座り、にこにことこちらを見る。
最初のコメントを投稿しよう!