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第三章 彼女を僕にください
「きたきたっ! 母さん、姉さんたちが来たよ!」
「あら、もう来たの? 思ったより早かったわね」
悠誠の運転で、澪依は正月ぶりに実家に帰ってきた。
車を降りると、玄関の扉が内側から開き、父、母、悠依の順で出迎えてくれる。いつもの光景だ。
「お帰り、澪依」
「姉さん、おかえりー」
「ただいま」
遅れて悠誠が、土産を手に車から降りてくる。仕事の時のように、優雅な動作でお辞儀をした。
「初めまして。稲垣悠誠と申します。澪依さんとお付き合いをさせていただいております。この度は、お祖父様の三回忌に僕も参列させていただき、ありがとうございます」
「澪依の父です。今日は来ていただき、ありがとうございます」
「母です。澪依と悠依がいつもお世話になっていて、ごめんなさいね」
「いえ、そんな滅相もないです」
両親と悠誠が交互に頭を下げている光景は、なんだか不思議だった。
彼氏を親に紹介するのは人生で初めてで、どうしたら良いか、来るまでずっと悩んでいた。だが、そんな悩みは杞憂に終わりそうだ。やはり、悠誠は何でも器用にこなせる男だった。
「これ、澪依さんにご両親の好みを聞いて、買ってきたものです。よかったら、皆さんで召し上がってください」
「まぁ! ここのバームクーヘン、好きなのよ」
「あ、母さんのお気に入りのお店じゃん」
「え、そうだったの?」
「そうそう、最近バームクーヘンにハマっててね。色んなお店のを食べてるんだけど、ここのが一番美味しくて」
母が嬉しそうに袋の中を見る。甘党であることは知っていたが、バームクーヘンにハマっているとは知らなかった。すごい偶然だ。
「なんだか、澪依さんに似てますね」
「「え?」」
悠誠の思わぬ言葉に、母と声が重なる。
今のやり取りで、どこが似ていたのだろうか。
「好きなものにハマると、色んなお店のものを食べたりとか」
「ああ、確かに! 母さんも姉さんもハマるとずっと同じのを食べてる!」
「言われてみれば、そうだな」
男性陣全員が納得したように頷き合う。
澪依は母と顔を見合わせ、首を傾げる。
「でもお母さんって、ハマるけど飽きっぽいよね?」
「そうねぇ。他のものに目移りしちゃうところはあるかも」
「そこは、澪依さんとは違うんですね」
悠誠がしみじみと呟いた。
なんだか、今日の彼はいつもより饒舌な気がする。
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