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〜悠誠のプチ裏話その三〜
澪依の実家に初めて訪れ、思っていたより疲れていたのか、昨日はぐっすり寝れた。
窓から入る日差しに目を細めながら、ゆっくりと身体を起こす。目覚ましより早く起きるのは、いつものことだ。だが、目覚めがいつもより格段にいい。時計を確認すると、朝の六時半だった。
横を見れば、布団の中に澪依の頭がちらりと見える。すやすやと寝息が聞こえ、起こさないように静かに着替える。
やがて、澪依がもぞもぞと動き出した。
「澪依さん、起きてますか」
「ん……」
声からして、まだ本格的に起き出すのには、時間がかかりそうだ。
ふと、一階から悠依たちの話し声が聞こえてきた。日曜日なのに、もう起きていることに驚く。
「先に着替えて、降りてますね。澪依さんも起きて、着替えてください」
「んー」
澪依が布団から手を出して、ひらひらと振る。いつもの起きている合図だ。そっと、彼女の手の甲に唇を寄せ、部屋を出る。
一階に降りると、廊下で澪依の父とぶつかりそうになった。
「おっと、すまない」
「いえ。こちらこそ、すみません。おはようございます」
「おはよう」
「あら、悠誠くん。早いわねぇ」
澪依の父の背後には、母親もいた。二人ともお揃いの帽子を被って、ジャージ姿だった。
「お二人は、これから朝のランニングですか?」
「ああ、いや、これは」
「これから、朝の野菜の収穫をしに行くの。悠誠くんもよかったら、来ない?」
「や、野菜……ですか」
「そうだ。まぁ、ついて来なさい」
澪依の父に言われるがまま、悠誠は二人の後に続き、外に出た。朝日が眩しい。
「最近ね、庭で家庭菜園を始めたのよ」
「そうなのですね」
「お父さんのお友達に教わりながらやってて、これが楽しいのよねぇ」
「ほら、ここだ」
家から店の方へ歩いていくと、店の裏手で緑が視界を覆った。
「おお……。これ、全てですか?」
「そうよ」
思っていたより本格的だった。家庭菜園というより、農家に近い。それぐらい、様々な種類のものが育てられていた。
「今日は、夏野菜を採るか」
「悠誠くんもやってみる?」
澪依の母がザルとハサミと軍手を手に、悠誠を振り返る。実家で見る花々とは違う様に少し興味が湧き、頷く。二人の動きを見ながら、恐る恐るハサミできゅうりを切ってみた。
「お、なかなか目がいいな。身がしっかりしている」
「恐縮です」
「なぁ、悠誠くん」
「はい」
澪依の父は悠誠の隣で手を動かしながら、口をもごもごとさせる。何か言いたいことがある時の澪依と癖が似ていた。悠誠は我慢強く待っていたら、やがて大きく息をつき、澪依の父が意を決したように顔を上げた。
「仕事している澪依は、どんな感じだ?」
「……仕事をしている時ですか? 彼女は、誰に対しても接し方が変わらず、社員からは尊敬されています。まさにキャリアウーマンです。ですが、頑張りすぎて、仕事をしすぎることもあるので、注意が必要ですが」
「そうか。よく、澪依のことを見てくれているんだな」
「……はい」
「君に、あの子を任せても大丈夫だな」
ぼそりと澪依の父は呟いた。それを悠誠は聞き逃さなかった。
「はい。しっかりと彼女を支えたいと思っています」
悠誠の言葉に、微かに澪依の父が微笑んだ。
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