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第四章 私の方が好き
祖父の三回忌を無事に終え、実家から帰ってきて、またいつもの日常が戻る――――はずだった。
「澪依さん、あーん」
「じ、自分で食べれるよ。ハル」
「ダメです。仕事を無理した罰です」
「こ、これが罰……なの?」
澪依は三回忌に参加するために、仕事を前後で詰め込みすぎて、見事に昨日、疲労で倒れてしまったのだ。医者の診断では、疲れによる風邪らしい。
そして今、悠誠に盛大に甘やかされているのであった。
「罰です。澪依さんが恥ずかしがって、普段はさせてくれないようなことをします」
「ええ! 何しようと企んでるの!?」
さらりと恐ろしいことを整った顔で言うのだけは、やめて欲しい。心臓に悪い。
「食欲、ないですか?」
「ちょっとは、ある」
「なら、遠慮せずに甘えてください。はい、あーん」
「あ、あーん……」
大人しく従わないと、永久に終わらなさそうな気がして、澪依は熱で火照っている頬をさらに赤くしながら、口を開ける。
悠誠は素直におかゆを自分の手から食べる彼女を見て、満足そうに微笑んだ。
「他に欲しい物とかありますか?」
「あ、フルーツが食べたい……。あと炭酸も」
喉が痛い時、炭酸のシュワシュワが染みて、気持ちいいのだ。あと、ジューシーなフルーツも喉を潤す。
「分かりました。後で買ってきますね。他は、ありますか?」
「あと、ゼリー。あ! あと」
「後?」
「……ハグ、してほしい」
「お安い御用ですよ」
悠誠は食器をベッドの脇に置き、嬉しそうに腕を広げて、澪依の頭を包み込む。
ふわりと爽やかなレモンのような香りが、悠誠の服から香る。嗅ぎ慣れた彼の香水の匂いだ。胸いっぱいに吸い込み、大きく息を吐き出す。
「ハルの香水の匂い、好き」
「それ、出会ったときから言ってますよね」
「うん。あの時から、ハルに惹かれてたのかも、ね?」
「……」
悠誠からの返事はなく、代わりに力強く抱きしめられる。心臓の音が僅かに速くなった気がした。
――――これは、照れている。あの悠誠が照れているのだ。彼は、照れると黙り込むところがある。
「ふふっ。ハル、照れてるの?」
「……不意打ちで、あまり可愛いこと言わないでください」
耳元で囁かれ、澪依はくすぐったい気持ちになる。
「今日の澪依さん。いつもより甘えん坊で、素直で可愛いですよ」
仕返しのように、悠誠が耳を軽く噛んだ。
ぶわっと耳まで一気に赤くなり、これは熱のせいだと思いながら、澪依は彼からすぐに離れて布団を頭までかぶった。悠誠が笑いを堪えている気配を感じながら、目を閉じる。
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