第四章 私の方が好き

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「……はい。はい、明日の十五時ですね。かしこまりました。それでは、明日お待ちしております」  隣の部屋から、悠誠の電話している声が聞こえてきた。いつの間にか、眠ってしまっていたらしい。  ゆっくりと澪依は目を開け、部屋が薄暗いことに驚く。かなり長い時間、寝ていたようだ。だが、身体はまだ熱く、だるさも残っている。しかも汗ばんでいて、服が身体に張りついて気持ちが悪い。 「着替え……」  澪依は重い身体を起こし、着替えを探すと枕元にスポーツドリンクと替えのパジャマが置いてあった。  ペットボトルの蓋を開けようとして、既に開けられていることに気づく。恐らく、悠誠があらかじめ開けておいてくれたのだろう。思うように身体に力が入らない状態だったから、澪依にとってはとても有難い。 「ほんと、細かいところまで気が利く人だなぁ」  スポーツドリンクで喉を潤しながら、節々に感じられる彼の愛情を噛みしめる。気遣い、心配りはピカイチだ。  とても大事にされていると実感することが、最近増えた。いつも恥ずかしさが勝って、つい彼の優しさに甘えてしまうけれど、本当は同じように彼を甘やかしたいと思っている。 「でも、どうしても上手くできないんだよな……」  半分に減ったスポーツドリンクを置き、替えのパジャマに着替えようとした時だった。 「あっ」  手の力が抜けて、ペットボトルが床に落ち、ドアの方へ転がってしまった。幸い蓋をしっかり閉めていたので、溢れてはないようだ。  ベッドから降りて拾いに行こうとしたが、まだ思うように足に力が入らず、よろけてしまう。 「澪依さん!」  すると、突然ドアが開いて、スーツ姿の悠誠に抱きとめられた。 「ハル……」 「大丈夫ですか?」 「うん……。ペットボトルを落としちゃって」 「起きていたなら、呼んでくれたらよかったのに」  そのまま澪依は軽々と抱え上げられ、ベッドまで運ばれる。俗に言う、お姫様抱っこだ。熱のせいもあってか、悠誠に体重を預けて、彼の首元に顔を埋める。元気な時なら、こんな風に自分から甘えることはない。けれど、今は無性にそうしたい気分だった。 「澪依さん? 何か嫌な夢でも見ました?」 「ううん。ハルの優しさを噛みしめてるの」 「どうしたんですか、急に」 「ハル、いつもありがとうね」  何だか今までのこと全部引っ括めて、お礼を言いたくなった。今なら素直になれる気がしたのだ。悠誠は、少し驚いたように足を止め、澪依を見下ろす。澪依は恥ずかしくなって、彼の首元に顔を埋めたままでいる。
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