第四章 私の方が好き

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 そっとベッドに降ろしてもらい、着替えかけのパジャマが視界に入って、我に返る。慌てて、替えのパジャマを手繰り寄せようとして、悠誠が先に手に取った。 「着替えますか?」 「う、うん」 「着替える前に、身体を温かいタオルで拭いえおきましょう。さっぱりしますし」  そう言って、悠誠は部屋を出ていった。しばらくして戻ってきた彼の手には、細長いタイプのタオルが握られていた。 「お待たせしました。背中を僕に向けてください」  言われた通りに背中を向ければ、悠誠は澪依の服をめくり、温かいタオルで優しく拭いてくれる。汗でベタついていたのが、嘘のようにさっぱりとしていく。 「なんだか、おばあちゃんになった気分」 「澪依さんの介護なら、喜んでしますよ」  悠誠は笑いながら、脇やお腹周りも拭いていく。 「下も拭きましょうか?」 「い、いやいや! し、下は自分でやる!」  流れでズボンに手をかけようとする彼の手を必死に止めて、タオルを奪い取る。悠誠は少し残念そうな素振りを見せながらも、大人しく澪依に背中を向けた。 「澪依さん。もうすぐ七時ですが、フルーツやお昼のお粥の残りを食べますか?」 「うん。薬も飲まないとだよね」 「はい。じゃあ、準備してくるので着替えたら、寝ててくださいね」  背を向けたまま、彼は部屋を出て行った。澪依は急いで残りの拭いてないところを拭き、替えのパジャマに着替える。  ちょっと身体を動かしただけなのに、どっと疲れを感じ、すぐにベッドへ横たわった。健康体がいかに素晴らしいことか、身を持って味わっている。そのまま横になって、うとうとしていたら、悠誠がお盆を手に戻ってきた。お粥の芳ばしい香りが部屋の中に充満していく。 「澪依さん、食べられますか?」 「ん……、食べる」  彼は、すかさず起き上がろうとする澪依の背中に手を回し、身体を起こしてくれた。 「ありがとう、ハル」 「いいえ。寝込んでいる間は、たっぷり甘やかす所存ですので」 「ふふっ。普段から充分甘やかされてると思うけど?」 「それの倍は甘やかしてますよ」  柔らかく笑った悠誠に、ついつい見惚れてしまう。  こんな表情(かお)をするようになったのは、いつの頃からだっただろうか。出会った当初に比べ、大分柔らかく優しい表情をするようになった。前はどこか冷めた表情をしていることが多く、仕事でもプライベートでもあまり感情を表に出すようなタイプではなかった。  今の表情をする悠誠が、結構好きかもしれない。  ふと、そんなことを思う。  
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