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翌日、悠誠はまだ寝ている澪依の寝顔をじっと見つめる。昨日よりかは、呼吸が楽そうで少し安心する。すやすやと眠る彼女の額にそっと手をやれば、まだ熱は高そうだった。
だが、そろそろ家を出なければならない時間だ。悠誠は後ろ髪引かれる思いで、出社した。
「おはようございます」
いつものように秘書室に向かうと、既に出社していた数人に声をかけられる。
「あ、稲垣さん! おはようございます。社長の具合はどうですか?」
「社長、大丈夫なんですか?」
「あの社長が倒れるぐらい仕事を詰め込むって、珍しいよなぁ」
「昨日の夜の時点では、三十九度五分まで熱が上がってましたが、今朝は呼吸が少し楽そうでした。あと二、三日休めば、大丈夫かと」
悠誠の言葉を聞き、皆が安堵の表情を浮かべる。それほどまでに社員の間では、大きな心配事だったのだろう。
彼女の人望は厚くて、ここまで社員に信頼され、尊敬される人はそうそういないと思う。
「でも、稲垣さん、もう出社してもいいんですか?」
「全っ然、良くないですよ」
拳を握りしめ、怒りの感情を込めた一言に皆が顔を引きつらせた。
澪依は、悠誠のことを職場では全く感情を表に出さない冷徹な人間だと思っているようだが、それは大きな間違いである。秘書室内で、他の秘書仲間の前では、澪依への溺愛ぶりはだだ漏れなのだ。
「ただでさえ、身体に力が入らなくて、ちゃんと一人でご飯も食べれるのか心配でならないのに……。今日は、会社の大事な顧客のアポが入ってしまったから、仕方なく出てきたのですよ」
「朝から、あっまいのをご馳走様でーす」
「今日も、稲垣節は健在ですね」
「まぁ、例のあの方が来るってなったら、他の誰も対応できないですからね……。お気の毒さまです」
今度は憐れむように見つめられ、悠誠は大きくため息をつくしかなかった。
「それより、他に何か問題とかはなかったですか?」
その流れで、しれっと朝のミーティングを始める。
一応、悠誠が秘書室の中では上の立場なのだ。皆、あまり上下関係には拘らない人ばかりだからか、居心地が良く、この職場は気に入っている。澪依の人柄が影響を与えているのだろう。
いきなりミーティングを始めた彼に、文句の言葉はなく、一斉に皆は「仕事の顔」になった。
「2件ほど、社長に確認いただきたい書類があります」
「急ぎですか?」
「今週末までに、先方にお送りしなければならない書類で」
「では僕が持って帰って、社長の体調が良さそうな時に確認してもらいます」
「お願いします」
こんな調子で特に異常はなく、淡々と話が進んでいく。澪依が休んでいても、きちんと彼らは会社を回しているのだから、流石だ。
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