第四章 私の方が好き

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「では、各自、本日も宜しくお願いします」 「宜しくお願いします」  ミーティングは三十分ほどで無事終了し、悠誠は携帯を確認する。澪依からは特に連絡は入っていなかった。元々彼女は、あまりマメに連絡をしてくれるタイプではない。分かってはいるが、つい確認をしてしまう。  悠誠は電話をするか、携帯を見つめながらしばしの間迷っていたら、携帯が震え始めた。突然のことに驚き、手から落としそうになって、慌ててしっかりと握る。表示されている名前を確認すると、今しがた考えていた相手からだった。すぐに電話に出る。 「もしもし、澪依さん?」 『あ、ハル。ごほごほっ。仕事中にごめん』 「大丈夫ですよ。それより、咳が出始めましたね」 『うん……。ごほっ。あの、それでね。なんか冷蔵庫に色々と入ってて、何を食べれいいか分からなくて』 「もう起きて大丈夫なんですか? 熱は?」 『さっき測ったら、ごほっ、ごほごほっ。……三十七度八分だった』 「まだ、高いですね……。冷えピタと冷やし枕も冷蔵庫にあるので、それを使ってください」 『あ、あった。ありがとう』  澪依が見つけやすいように、冷蔵庫の分かりやすい所に置いておいて正解だった。ほっと胸をなでおろしつつ、彼女からの質問にも応えていく。 「冷蔵庫にある鍋の中は、お粥を作ってあります。あと、ゼリーやフルーツもその横においてあると思うので、好きに食べていいですよ」 『わかった』 「あ、薬もちゃんと飲んでくださいね。薬はテーブルの上に、置いてあります」 『うん。何から何まで用意しておいてくれて、ありがとう』  病気になって、いつも以上に澪依は感謝の言葉を述べるようになった。言葉にして伝えてくれるのは、かなり嬉しい。 『仕事のことも、よろしくね』 「お任せください。皆さん、澪依さんが休みの間もちゃんと会社を支えてくれてますよ」 『よかった。自分の目に狂いはなかったってことだね……ごほごほっ』 「はい。ですから安心して、休んでください。ご飯食べたら、すぐ寝てくださいね」 『うん、分かってるよ。ありがとう。じゃあね』 「何かあったら、すぐに連絡してください。仕事切り上げて帰りますので」 『わかった』  澪依は短く返事をして、通話を切った。咳が出始めたものの、昨日よりは元気そうで安心した。  だが、少しだけ彼女は寂しそうだった。姿は見えなくても、声で何となく分かった。悠誠は、きゅっと胸が締め付けられる。 「稲垣さん、すみません! 今、いいですか?」  後輩に呼ばれ、悠誠はすぐに仕事モードに頭を切り替える。 「何かありました?」  後輩の元へ、戻りながらスケジュールを頭の中でざっと整理する。今は早く家に帰れるように、仕事を終わらせなければならない。
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