第四章 私の方が好き

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「澪依さん、新しい水枕ですよ」  部屋に戻り、うつらうつらと眠っている彼女の頭を持ち上げて、水枕を枕の上に置く。 「ん……」  そのまま澪依は可愛い寝息をたてながら、眠ってしまった。悠誠はベッドの脇に座り、彼女の寝顔をじっと見つめる。  普段仕事している時の澪依は、キリッとしていて男から見てもかっこいい。だが、寝ている姿は無防備であどけない表情になる。このギャップがたまらない。 「ハ……ル……」  澪依の寝言を聞き、また口元がニヤけてしまう。どんな夢を見ているのだろうか。彼女の寝顔を見ていたら、今日あったことなど、全てどうでも良くなる。この人の幸せを守っていたいと、ただただ悠誠は願うのだった。 「夕飯、作っておくか」  しばらく可愛い澪依の寝顔を堪能して、重い腰を上げる。彼女の好物である煮込みうどんを作りに、再び台所へ向かった。  下準備をして、残りの家事や仕事を片付けていたら、澪依が起きてきた。時計を見れば、あれから三時間が経っていて、驚く。 「ハル」 「あ、澪依さん。もう起きたんですね。体調はどうですか?」 「うん、大分楽かな」 「よかったです。お腹空きました? 今日は澪依さんの好きな煮込みうどんですよ」 「食べる」  いつもより食い気味に反応する彼女に、笑ってしまう。 「食欲、戻ったみたいですね。よかった」 「ハルは食べた?」 「まだですよ」 「なら、一緒に食べよ?」  洗濯物を畳んでいる悠誠の背中に、澪依は甘えるように抱きついてきた。背中から伝わってくる彼女の体温は、まだ少しだけ熱い。 「今、準備しますね。先に熱を測っててください」 「はーい」  澪依に体温計を差し出し、悠誠は台所に立って鍋に火をつける。 「ね、ね。たまご屋さんのお嬢さんは、悠誠に何の用だったの?」  熱を測りながら、冷蔵庫に飲み物を取りに来た澪依が、何気なく例の話題を振ってきた。不意打ちの質問に、心臓の鼓動が早くなる。油断していた。うどんをほぐしながら、平静を装いつつ濁す。 「……いつものように、仕事の勉強ついでの相談でしたよ」 「へぇ。勉強熱心なお嬢さんだね」  心なしか、澪依の声が低くなったような気がした。 「ハル、教えるの上手いしね。たまご屋さんは、お嬢さんが全然商売に興味を示さないって嘆いてたけど」  彼女の言葉に棘を感じるのは、気のせいだろうか。ちらりと台所の入り口に立つ澪依の様子を伺ってみるが、先ほどとあまり変化はないように見えた。  何か言わなければと思い、口を開こうとしたタイミングで、体温計が鳴った。煮汁もちょうど沸騰したので、急いで麺を入れて混ぜる。
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