第四章 私の方が好き

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「……まだ三十七度八分もある。ご飯食べたら、また寝る」 「そうですね。あと少しで出来上がるので、ソファで横になっていてください」 「うん、そうする」  冷えピタを新しいものに変えながら、澪依はソファに横になった。悠誠は手早く夕飯の準備を整え、ソファの前にあるローテーブルに運ぶ。 「煮込みうどん、出来ましたよ」 「ありがとう」  彼女の背中を支えて、ソファから起き上がるのを手伝う。そのままソファの下に降りて、横並びで座り、互いに両手を合わせた。 「いただきます」 「ハルの煮込みうどん、久々だ」 「冬以外ではあまり作らないですからね」 「この出汁の味が絶妙で、たまらないんだよね」  ほくほくと口の中でうどんや野菜を噛み締めながら、澪依は目を瞑った。しっかりと噛んでから飲み込んで、「ほぅ」と満足気にため息をつく。  その姿を見て、悠誠は胸をなでおろす。ひとまず、煮込みうどんのおかげで少し機嫌が良くなったようだ。今なら伝えられるだろうと空気を読み、箸を置く。 「あの、澪依さん」 「ん?」 「今週の金曜日なのですが」 「うん」 「友達と飲みの約束をしていまして」 「……へえ」 「夜は帰りが遅くなります」 「そっか。息抜きも大事だしね。今週いっぱいは、わたしも大人しく家で寝てようと思うから、思いっきり楽しんできて」 「はい、ありがとうございます」  特に表情にも変化はなく、再び澪依はうどんを食べ始めた。何とか、切り抜けられただろうか。ヒヤヒヤしながら、しばらく彼女の様子を伺いつつ、食事を進める。  澪依に嘘をつくのは心苦しい。恐らく薫子と二人で食事するというのは、彼女からしたらすごく嫌なことだろう。悠誠も出来れば、澪依と小洒落たレストランで食事をしたい。だが、関係性構築も仕事の一環である。今後の玉木ホールディングスにとって、たまご屋は欠かせない。その繋がりを途絶えさせる訳にはいかないのだ。  そんなことを一人悶々と考えていたら、彼女が唐突にテレビをつけ、ニュースを見始めた。それから食事中は、一切目が合わなくなってしまった。なす術もなく、悠誠は黙まってうどんを食べ、食器を片付けるために立ち上がる。 「ハル」 「はい」 「うどん、美味しかった。ご馳走様です。ありがとう」  毎日ご飯を作る度に、彼女は感謝を言葉にしてくれる。それだけは、ずっと変わらない。例え、機嫌が悪かったとしてもだ。 「お粗末様です」  悠誠は、ただそれしか言えなかった。
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