143人が本棚に入れています
本棚に追加
「……まだ三十七度八分もある。ご飯食べたら、また寝る」
「そうですね。あと少しで出来上がるので、ソファで横になっていてください」
「うん、そうする」
冷えピタを新しいものに変えながら、澪依はソファに横になった。悠誠は手早く夕飯の準備を整え、ソファの前にあるローテーブルに運ぶ。
「煮込みうどん、出来ましたよ」
「ありがとう」
彼女の背中を支えて、ソファから起き上がるのを手伝う。そのままソファの下に降りて、横並びで座り、互いに両手を合わせた。
「いただきます」
「ハルの煮込みうどん、久々だ」
「冬以外ではあまり作らないですからね」
「この出汁の味が絶妙で、たまらないんだよね」
ほくほくと口の中でうどんや野菜を噛み締めながら、澪依は目を瞑った。しっかりと噛んでから飲み込んで、「ほぅ」と満足気にため息をつく。
その姿を見て、悠誠は胸をなでおろす。ひとまず、煮込みうどんのおかげで少し機嫌が良くなったようだ。今なら伝えられるだろうと空気を読み、箸を置く。
「あの、澪依さん」
「ん?」
「今週の金曜日なのですが」
「うん」
「友達と飲みの約束をしていまして」
「……へえ」
「夜は帰りが遅くなります」
「そっか。息抜きも大事だしね。今週いっぱいは、わたしも大人しく家で寝てようと思うから、思いっきり楽しんできて」
「はい、ありがとうございます」
特に表情にも変化はなく、再び澪依はうどんを食べ始めた。何とか、切り抜けられただろうか。ヒヤヒヤしながら、しばらく彼女の様子を伺いつつ、食事を進める。
澪依に嘘をつくのは心苦しい。恐らく薫子と二人で食事するというのは、彼女からしたらすごく嫌なことだろう。悠誠も出来れば、澪依と小洒落たレストランで食事をしたい。だが、関係性構築も仕事の一環である。今後の玉木ホールディングスにとって、たまご屋は欠かせない。その繋がりを途絶えさせる訳にはいかないのだ。
そんなことを一人悶々と考えていたら、彼女が唐突にテレビをつけ、ニュースを見始めた。それから食事中は、一切目が合わなくなってしまった。なす術もなく、悠誠は黙まってうどんを食べ、食器を片付けるために立ち上がる。
「ハル」
「はい」
「うどん、美味しかった。ご馳走様です。ありがとう」
毎日ご飯を作る度に、彼女は感謝を言葉にしてくれる。それだけは、ずっと変わらない。例え、機嫌が悪かったとしてもだ。
「お粗末様です」
悠誠は、ただそれしか言えなかった。
最初のコメントを投稿しよう!