第一章 彼女に近づかないで

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 背中に手の温もりを感じ、強烈な甘ったるい香水の匂いに吐き気を覚える。  瞬時に今、自分は抱きしめられているのだと理解する。 「神村くん」 「いててっ! おい、これは親愛のハグだぞ!?」 「ここは日本ですので、十分にセクハラ案件です」  竜也の背中を思いっきりつねってやったら、すぐに解放されて、ほっと一息つく。  アメリカに留学していたとかで、海外かぶれな行動をする竜也に、澪依はわざとらしく溜息をついた。 「先週もお会いして、何度もお伝えしていますが、お断りします」 「おいおい、まだ何も言ってないぞ」 「それと、今みたいな行為はやめてくださいと何度もお伝えしているはずです」  敢えて敬語で、冷たく言い放つ。  「お手上げだ」とでも言うように、竜也は両手を挙げた。 「分かった、分かった。悪かったって」 「では、お引き取り願います」  早く話を切り上げたくて、扉を開けようと背を向けたら、肩を強く掴まれる。 「全く取り付く島もないな。しかも、何で敬語なんだよ。同級生だろ? 少しは俺の話を聞け」  有無を言わさぬ圧をかけてくる。  仕方なく、澪依が扉に近い席に座れば、その隣に当然のように竜也が座った。いちいち距離が近い。 「あのな、うちの会社とグループになる前にまず、うちとコラボメニューを開発するのはどうだ? 利益も上がるし、知名度も上がる。悪くない話だろう?」  上から目線で話すのも昔から変わらない。 「確かにコラボすることで知名度は上がりますが、利益の方はどういうお金の配分になるかで、大分意味は変わってくるかと」 「それはもちろん、七対三か六対四でいいさ。それで、うちのグループ会社になってくれれば」 「その条件でしたら、お断りさせていただきます。他にもコラボのお話をいただいておりますので」 「いいのか? こんな機会はそうそうないぞ?」  馴れ馴れしく、澪依の肩に腕を回してくる。いくら同級生とは言え、距離が近すぎないだろうか。そんなに高校時代も仲良くしていた覚えはない。  さり気なく、椅子を横に移動させる。 「むしろ、何故そこまで弊社と手を組みたがるのですか?」 「何故って、お前のところは女性客からの支持率が高い。うちと組めば、ホテルや旅館の方にも集客が見込めるだろ」 「それは、つまりホテル事業の運営が上手くいってないのですね」 「……」  どうやら図星のようだ。竜也は、苦虫を噛み潰したような表情をする。
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