第四章 私の方が好き

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 金曜日の朝、玄関の扉が静かに閉まる音をベッドの中で迎えた。 「結局、何も言わなかったな……」  朝日が目に入るのを防ぐように、腕で目を覆いながら小さく呟く。  先日、大好きな煮込みうどんを食べながら、「金曜の夜は、友人とご飯に行く」と悠誠は言った。一瞬だけ返事に詰まってしまったが、普段通りに接することができていたとは思う。その後も特に彼も変わったところはなく、日々を過ごした。  ――――いや、正式には細やかな変化はあった。のだ。つい、澪依が逸らしてしまう時もあるが、彼の方も逸らす時があった。  それもそのはずだった。彼は、澪依に。  実はこの前、悠誠が帰ってくる少し前に、たまご屋さんと澪依は電話をしていた。仕事の件で、直接連絡が来ることはよくある。だが、電話の最後にたまご屋さんは、とんでもない爆弾を投下したのだ。 『あ、そうそう。玉木くん』 「はい」 『今度の金曜、予定空いてたりする?』 「一応空いてはいます。風邪が治れば、ですが」 『そうだった。いやぁ、実は今度の金曜日、娘の誕生日パーティーを開く予定でさ』 「薫子さんのお誕生日なのですね。それは、おめでとうございます」 『うん、ありがとう。でね、そのパーティーによかったら、玉木くんも来ない?』 「え、わたしも参加してよろしいのですか?」 『うん、いいよいいよ。あの秘書の稲垣くんだっけ? 彼の方は、娘が直接ね、今日誘ってると思うから。玉木くんも一緒においでよ』 「ありがとうございます。是非、体調が万全でしたら、参加させていただきたいと思います」 『分かった。じゃあ当日でも大丈夫だから、参加できるか、連絡くれる?』 「はい」 『じゃあ、そういうことで』  いつものように一方的に通話を切られ、澪依は小さく息を吐いた。  まさか、薫子の誕生日パーティーに同席することになるとは、思いもよらなかった。悠誠が帰ってきたら、相談しようと思っていたけれど、彼は薫子のことに関して、何も言わなかった。  恐らくは、誕生日パーティーのことは知らされずに、薫子から「夕飯でもどうか」と誘われたのだろう。あの娘が、悠誠のことを好きなのは丸分かりだ。分かりやすいほど、態度に出やすい。 「とりあえず、熱でも測るかな」  澪依は起き上がり、枕元に置いてある体温計を手に取った。  昨日から熱はすっかり下がっていて、咳も収まってきた。念のため測ってみたが、今朝も平熱だった。これは、治ったと言っていいだろう。
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