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「もう他の方も来ているし、自由に過ごしてくれて構わんよ」
「はい、ありがとうございます」
会場のある階について、別行動となった。佐伯は忙しそうに、他の所へ挨拶しに行ってしまう。どうやら、澪依が招待客で最後のようだった。
薫子の誕生日会ということもあり、様々な取引先を呼んでいるようだ。立食パーティー形式の会場内を見渡してみると、男の人の参加率が高い。将来の花婿探しの一貫でもあるのだろう。
一人になった澪依は、ひとまずドリンクコーナーや食べ物が並べられているテーブルへ向かう。熱が下がったばかりのため、お酒は控えておく。「クランベリージュース」と書かれた札が置かれてるテーブルから、グラスを一つ手に取る。
「あ、あの。もしかして、玉木ホールディングスの玉木さんですか?」
ジュースを飲もうと口をつけるタイミングで、後ろから声をかけられた。振り返れば、チャコール色のスーツを着た若い男性が一人、立っていた。
「はい。……失礼ですが、どこかでお会いしました?」
「あ、いえ! お会いするのは今日が初めてです! 私、野中駿介と言います」
「野中……」
「はい、グランドホテル野中を経営しております」
「ホテルの」
駿介という男は、名刺を取り出して澪依に恭しく渡す。それを受け取り、さっと目を通す。どこかで聞き覚えがあった。確か、竜也のライバル企業だったはずだ。
「玉木さんの噂はよく耳にしていて、是非ともお会いしたいと思っていたのですよ」
駿介はニタリと気味の悪い笑みを浮かべる。何だか裏がありそうな表情をしている。これは、早々に退散した方が良さそうだ。特に今は悠誠がおらず、澪依一人では心許ない。
「はぁ、そうですか。では、わたしは他の方への挨拶もありますので」
「え、もう少しゆっくりお話しませんか? 二人で」
「特に、こちらからは話すことはないので」
食べ物が並ぶテーブルに行きたかったが、一旦離れようと歩き出したら、駿介が澪依のコップを持っていない左手首を掴んできた。
「私はまだ、あなたに用があります!」
「……離してください」
食い気味に近寄ってくる相手から一歩後ろに下がりつつ、わざと強めに冷たく言い放つ。大抵の人は、澪依の低い声に驚いて身を引いてくれる。だが、駿介は違った。
ますます相手の手に力が入り、手首がみしりと音がしそうな勢いだ。見た目以上に握力はあるのだなと感心してしまう。
「随分、お高く止まっているのですね。女社長と持ち上げられて、ちょっと調子に乗っているのではないですか?」
駿介の表情がどんどん険しくなっていく。これはかなり不味い。今更、悠誠がこういう時のボディガードになっていたのだということを思い知らされる。悠誠が一緒にいたら、この手のものは近寄ってこないのだ。
澪依は、必死にこの場からどう逃れようか考えていた時だった。
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