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薫子がわざとらしく、大きな声を出した。
彼女の声はよく通る。彼女の計算通り、何事かと周りにいた人たちもこちらに注目し始めた。
澪依は一つ大きく深呼吸して、薫子の目をじっと見つめながら、努めて静かな口調で話す。
「彼女が、彼氏の予定を把握しているのは、可笑しいのかしら?」
「か、彼氏……!?」
澪依の口から発せられた言葉に、薫子は目を剥いた。どうやら、悠誠は付き合っていることを言っていなかったようだ。
「え、ええ……? どういうことですの……」
完全に混乱している様子の薫子に、悠誠はさり気なく絡まれている腕を外し、頭を下げる。
「申し訳ございません、佐伯様」
「悠誠さ……ま?」
「お仕事上でのお付き合いでしたら、今後も玉木ホールディングスと共に仲良くさせていただきたいと考えております。ですが、プライベートでは、僕は澪依さん以外の女性には全く興味がないので、お断りさせていただきます」
「え、でも今日、でぇとに来てくれたのは」
「澪依さんにとって、メリットになりそうな案件でしたので」
「め、メリット?」
「ここのレストランとおむらいす亭のメニューでコラボなどが出来ないか、考えていました」
「……!」
薫子は啞然としている。澪依も、まさかデートという名目で薫子に誘われていたことと、仕事と澪依のことしか頭にない彼の溺愛ぶりに、呆気にとられる。嘘をつかれていたことに悩んでいた自分が、阿呆らしく思えてきた。どこまでも悠誠は、悠誠だったのだ。
彼の澪依への気持ちがブレることがないことは、今までの言動で分かっていたはずだった。どこまでも彼の中では、澪依が中心で自分のことは二の次なのだ。
「……ばか」
「澪依さんのばかは、僕のことが好きってことですよね?」
「さぁ? 知らない」
顔を赤くしながら、そっぽを向くと悠誠に抱きしめられる。
「嘘をついてて、すみませんでした」
「……帰って、オムライス作ってくれたら、許す」
「はい、喜んで」
「あー、おほん。そこのお二人さん? 俺たちもいるのを忘れてない?」
竜也の声で、澪依は我に返る。すっかり悠誠のペースに巻き込まれ、二人の世界になっていたことに気づき、顔がさっきより熱い。
「ああ、そうでした。神村様、社長を変な虫から助けていただき、ありがとうございました」
「む、虫っ!?」
「いや、別に。お前より先に玉木のことを助けられたし、ちょっとは俺にぐらっと」
「してないから安心して、神村くん」
「んだよ! 間髪入れずに言うとか、相変わらず可愛くねぇ」
「む、虫って、僕の」
「ちょ、ちょっと、あなた達! わたくしを無視するなんて、どういうことですの!?」
薫子の半分悲鳴に近い声で、一同は黙り込んだ。その中、澪依が一歩踏み出して、薫子に歩み寄る。
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