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「わたしの方があなたより、ハルのことをよく知ってるし、彼のことが大好きなのよ。これ以上、彼に付きまとわないでくれるかしら?」
「つ、付きまとってなんか……!!」
薫子が怒りの表情になり、顔を歪ませて手を振り上げる。澪依はその場でじっと動かないでいたら、騒ぎを聞きつけた佐伯が血相を変えて走ってきて、薫子の手を掴んだ。
「な、何をしとるっ、薫子!」
「お父様っ! 離して!! この人が、わたくしのことを貶したのっ」
「馬鹿を言うんじゃない! お前の行動が玉木くんに迷惑をかけているのだろう!」
ばちーんと頬を叩く音が会場内に響き渡った。佐伯が薫子の頬を叩いたのだ。薫子は何が起きたのか全く理解できない様子で、呆然としながら力なく座り込んだ。肩で息をしながら、佐伯は叩いた方の手をぐっと握りしめ、澪依の方へ振り返る。
「玉木くん、すまない。どうか、未熟な娘を許して欲しい」
「いえ、わたしは大丈夫です。それに今日は彼女の誕生日なのに、このようなことになってしまって、こちらこそ申し訳ございません」
澪依と悠誠が揃って、頭を下げる。佐伯は優しい笑みを浮かべながら、首を振った。
「いやはや、私も少し娘を甘やかし過ぎていた。今日は、彼女の婿探しも兼ねてのパーティーだったが、まだ早かったようだ」
「お父様……」
「仕事より花嫁修業をさせる方が先だったと痛感した。感謝するよ、玉木くん」
「いえ、わたしは何も」
「稲垣くんもすまなかったね」
「ちゃんとお断りをしなかった僕にも落ち度があります。申し訳ございませんでした」
「本当だよ。そこは、心を鬼にして断ってほしかった……なんてな。今日はもうお開きにしよう」
佐伯は足元に座り込んでいる薫子の腕を掴み、強引に立たせて、会場に来ている人々に頭を下げて回り始めた。
「さて、俺たちも帰りますか。なぁ、野村くん?」
「いや、野中だよっ。……てか、私を無視しないでもらえますかっ?」
「まぁまぁ。振られたもの同士、酒のつまみに話を聞いてやるよ」
「そ、そういう問題じゃ」
「てことで、気をつけて帰れよ―、玉木たちも」
竜也は駿介の肩に腕を回し、強制的に連行しながら澪依たちに背を向けて、手をひらひらと振る。
「……気を遣わせたかな?」
「ですね。あの人、意外と良いところありますね」
悠誠は少しだけ竜也を見直したようで、口元が少し微笑んでいた。
「僕たちも帰りましょうか」
「そうね」
当然の流れのように、悠誠が澪依に手を差し出す。その手を澪依は迷いなく取って、自分から恋人繋ぎをしてみる。
ちょっと驚いたように彼は目を見開いたが、すぐに嬉しそうに握り返してきたのだった。
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