143人が本棚に入れています
本棚に追加
〜悠誠のプチ裏話その四〜
澪依に嘘をついたまま、ついに問題の金曜日を迎えてしまった。
何度か、伝えられるタイミングはあった。だが、いざ本人を前にすると、なかなか言葉が出てこず、結局目をそらしたり、別の話をしてしまう。自分はどうしようもない男だ。
それでも救いなのは、澪依の体調が良くなり、昨日から熱も下がって、回復したことだ。一人で体調が悪い中、留守番をさせるのは心配でたまらないが、元気であれば少し安心する。
「社長、来週から完全に復帰ですかね?」
「ええ。もう熱も下がって、だいぶ食欲も戻りました」
「よかったー。来週からまた忙しくなりそうですけど」
「社長は、地味に鬼の部分もありますからねー」
澪依が戻ってくるのが嬉しい反面、今まで滞っていた仕事がものすごい勢いで裁かれるであろう来週からのハードモードに皆、引き気味だ。悠誠は出来る限り、彼女の仕事を減らしているつもりだが、確認書類はまだまだ山になっている。
「稲垣さん、たまご屋さんの車が到着しましたよ」
「もう、そんな時間……」
気づけば、約束の時間になっていた。一日中、考え事をしながら仕事をしていたからなのか、時の流れが早く感じる。
悠誠は、急いで支度をして他の秘書達に残りの指示をしてから、会社を出た。
「お待ちしておりました、稲垣様」
会社の出入り口に黒いリムジンが止まっていて、悠誠の姿を見つけた運転手が後ろ側のドアを開ける。
「ありがとうございます」
車に乗り込むと、薄いピンクにひらひらとしたボリュームのあるドレスを着た薫子が、満面の笑みで隣に座るようにシートを指さす。
「失礼します」
「悠誠様に会いたくて、待ち遠しくてたまりませんでしたわ」
「はぁ」
「これ、わたくしがオーダーメイドで頼んだタキシードです。悠誠様に、きっと似合うと思いますの」
「タキシード、ですか……。わざわざ、ご用意いただきありがとうございます」
「いいのですわ。さ、さ、会場に着きましたら着替えてくださいな」
事前に、薫子が本当にプライベートで食事に誘ったのか調べてみたが、今日は彼女の誕生日パーティーが開かれることになっていた。恐らく、そこに向かうのだろう。
今日の会場になっているホテルのレストランは、前々から澪依がコラボメニューを打診している所だった。レストランのオーナー、もしくはシェフと挨拶ができれば、玉木ホールディングスのメリットになると思い、悠誠は薫子の誘いを断らなかったのだ。
むしろ、薫子の誘いをいい機会だと逆手に取った。つくづく自分は、酷い男だと思う。薫子の気持ちを利用して、澪依のメリットになることしか考えていないのだから。
「悠誠様? どうかしました?」
「いえ、何でもありません。そういえば、今日は佐伯様のお誕生日でしたね。おめでとうございます」
「まぁ、ご存知でしたの?」
「取引先の方の誕生日は、全て記憶しておりますので」
「素敵ですわ!」
ほんのりと頬を染め、俯く薫子。悠誠はその姿を見て、澪依の姿を重ねる。彼女は今、何をしているだろうか。無性に会いたくなる。
「あ、悠誠様。もうそろそろ、着きますわ」
「早いですね」
「タキシード姿、楽しみですわ」
嬉しそうに薫子は笑い、悠誠と目が合えば、顔を赤らめてすぐに逸らす。初々しい。澪依とはまた違った初々しさがあり、新鮮だ。
最初のコメントを投稿しよう!