第一章 彼女に近づかないで

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「と、とにかく、まず目を冷やさなきゃ……」 「そうですね。冷たいタオルと温かいタオルを交互に当てれば、腫れが引きますよ」 「……ハルって、わたしより女子力あるよね」 「はい?」 「いや、何でもない」  無駄に身長が高く、筋肉質な体をしていて、しかも容姿も良い。その上、女子力も備わっているという最強男子。  こんな人が自分の彼氏だとは、今でも信じがたい。本当に自分の彼氏にしておくのは、勿体ない気がしてしまう。  悠誠に気づかれないように、小さく溜息をつく。 「社長室に、一旦戻りましょうか」 「そうね」  悠誠と一緒に、応接室から社長室に戻る途中、社員の誰ともすれ違うことはなく、ほっとする。  今の姿は、できれば誰にも見られたくない。本音を言うと、悠誠にも見られたくはなかったけれども――――。  何故か、廊下の端に「清掃中」というよく見慣れた黄色い看板が立てられていた。清掃員が片付けるのを忘れたのだろうか。  いずれにせよ、この看板のおかげで、社員とすれ違わずに済んだみたいだ。澪依は、片付けるのを忘れてくれた清掃員に、心の中で感謝の念をそっと送っておく。  社長室に戻って、すぐに彼がタオルを持ってきてくれ、目元のケアをしてくれた。 「これぐらいなら、あまり腫れも分からないですね」  しばらく冷たくしたタオルと温めたタオルを交互に当てて、十五分程過ぎた。タオルの代わりに鏡を手渡され、澪依も確認する。 「そうね、ありがとう。急いでメイクを直して、向かいましょ」  目の腫れは大分引いていて、さっきよりマシな表情(かお)になった。  仕事モードに気持ちを切り替えつつ、出かける支度をする。 「社長、下に車を回してあります」 「ありがとう。すぐ行く」  一旦秘書室に戻り、車の手配をしていた悠誠が部屋に戻ってきた時には、すでに彼も仕事モードに入っていた。  さっきの余韻がまだあり、仕事モードの彼に戻ってしまったことを少し残念に思いながらも、澪依はジャケットを羽織って社長室を後にする。 「スピード違反にならない程度に、飛ばしてちょうだい」 「かしこまりました」
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