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第七話
最後まで読み終えた時、自分の目を疑った。もう一度確認する。何度見ても送り主の名前は「立林瑛」だ。
間違いない。
ペンネームで下の名前だけは本名でやっていたのが功を成した。偶然ではあるが、彼女は僕の作品をずっと読んでくれていたのだ。
ただ、瑛に読んでもらうことだけが僕の夢だったのが知らぬ間に叶っていた。しかも彼女は本屋で働いていて、僕の作品を多くの人に届けてくれている。
こんな偶然があるだろうか。もはや運命に近い。
僕は必死に口元が緩むのを抑える。まさか、彼女の手がかりが手紙とともにやってくるとは思いもよらなかった。
今すぐ、彼女に会いたい。
強い衝動に駆られ、僕は気づいたらパソコンで切手の押印を手掛かりに近くの本屋を片っ端から調べ始めていた。
彼女を見つけるのには、そう時間はかからなかった。なぜなら、住所の近くに本屋が一つしかなかったからだ。
僕は家を飛び出し、彼女がいるであろう本屋に向かった。
もしかしたら、今日はいないかもしれない。
ふと、冷静になる自分がいた。
けれども、それも一瞬のことだった。
いなかったら、毎日会えるまで通えばいい。とにかく、ひと目彼女の姿を見たいのだ。
ただその一心で、僕は足を動かす。
本屋は、驚いたことに僕の家の最寄りから一駅隣だった。店の前に到着して、大きく深呼吸をする。
「よしっ」
気合いを入れて一歩店の中へ入り、売り場を見渡す。思ったよりすぐに彼女らしき人を見つけられた。
何故だか分からないが、直感的に瑛だと思った。二十年前と変わらないゆるふわ天然パーマのポニーテールが揺れる後ろ姿。
自然と足が彼女の方へ向かった。
「あの、すみません」
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
彼女が笑顔で振り返った。だが、いざ声をかけたものの、何と言おうか考えていなかったことに気づき、口ごもってしまう。
自分が情けない。
僕より頭一つ分小さい彼女が不思議そうにこちらを見上げている。
「何の本をお探しでしょうか?」
「あ、えっと……さ、最近発売された本で」
とっさに嘘をつく。違う。言いたいことはそんなことではない。
視線を彷徨わせていると、彼女が何かを察したように口を開いた。
「ああ! お客様も神大寺先生のファンですか? 先生の作品でしたら、あちらですよ」
笑顔で自分の作品が並べられている所まで案内され、複雑な気持ちになる。
「神大寺先生の作品は何が良いって、人の繊細な気持ちをよく分かっている表現力の高さですよね!」
目を輝かせながら、興奮気味に話す彼女の姿についつい見とれてしまう。
じっと見つめていたからか、彼女が慌てたように頭を下げた。
「すみません! お客様につい熱く語ってしまって」
「いえ」
自然と笑みがこぼれる。彼女の本への情熱は昔から何も変わっていなかった。
やっぱり、瑛は瑛だった。
彼女と僕の軌跡は途中から違ってしまったけれども、こうして奇跡のように出会えたのは何かの運命なのかもしれない。あの物語のように――――。
気が付いたら、僕の口は勝手に動いていた。
「僕は、大分昔から君のことを知っているんだ。瑛ちゃん」
「え……、ど、どうして私の名前を」
「やっぱり覚えてないよね。――――二十年も前のことなんて」
彼女の目がみるみる大きくなっていき、口元に手を当てて小さく呟く声が聞こえた。
「怜央……くん……?」
彼女の口から聞きなじみのある名前を呼ばれて、全身が熱くなる。
やはり、好きな人に呼ばれる名前は格別だ。
「うん、久しぶり」
「え、うそ……」
「約束通り、作家という夢を叶えたよ」
「え、え?」
彼女の瞳が揺れる。そんな彼女の耳元に小声で囁く。
「僕があの神大寺」
「ええー!?」
店内に彼女の声が響き渡り、一斉に視線が集まる。僕は笑いが止まらない。
彼女は耳まで真っ赤にしながら、周りに頭を下げた。僕はさらに意地悪をしてみたくなって、また耳元で囁く。
二十年分の想いを言葉に乗せて。
「『遅くなったけど、迎えにきたよ。やっと、君に会えた。夢を叶えて、君に相応しい男になれたかな?』」
「ずるい……」
彼女に僕の意図が伝わったようだ。目に涙を浮かべながらもしっかりと僕を見つめた。
「『遅いよ、バカ。待ちくたびれた』」
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