後編

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後編

 香春は、辺境の地から献上された姫だ。  その故郷で不穏な動きがあると明かしたのは、ひとりの上級官吏だった。  しわを刻んだ苦々しい顔を玲依にむける。 「大君があれほど香春妃を気に入るとは。東の蛮族め、妃を糸口にわが国の牙城を崩すつもりやもしれぬ」  監視を厳しくしなければならない今、美姫に惑わされた帝が「東方に手厚くすべし」などと言い出したら厄介、というわけだった。 「時期が来たら花を散らせ」  簡潔な指示を、玲依は薄闇の中で平伏して受けた。  暗殺の指令はこれが最初ではない。  もとより買われた命であり、国政に食い込む一派の影の手となった身。所詮このように生きるしかなかった。  それにしても、怪異とはよく考えたものだ。香春が命を落としても、そこに因果を求めることができるだろう。彼女は庭に通いながら機をうかがっていた。  蕾が落ちることが減ったので、香春は日中だけ元の殿に戻るようになった。  信頼を得た玲依は、できるかぎり後宮に詰めよとお達しを受けていた。庭に悲鳴が響いたのは、そんな状況の中だった。 「誰か、だれか来て!」  玲依は剣に手をかけ廊下を走った。  鳥小屋のあたりで侍女たちが凍りついているのが見える。誰もが地面に釘づけになっていた。  そこには何か小さなものがおり、香春の殿へまっすぐ向かってくる。  犬だ。  産まれて間もない仔犬が、ひ弱な脚をばたつかせ、発作を起こしたように駆けてくる。  違和感を覚えて目をこらせば、ひとつの身体に二つの頭がうごめいていた。  侍女のひとりが甲高く叫ぶ。 「玲依さま!」  玲依はひらりと庭に下り、迷いなく畸形の首を斬り飛ばした。  一同息を飲み、音が消える。  玲依は間髪入れず問う。 「他は?」 「し、死産でございました!」  青ざめた侍女が答え、異様な沈黙がおりた。  血に濡れた剣をさげる武官の背後で、すっと戸が開く。進み出た香春が、静かに寄り添ってきた。  玲依はふりむかず、低く言う。 「ご覧になってはいけません」 「……元気に産まれてくれたなら、わたくしがいただく約束でした」  香春の声は沈んでいた。  同じ刃で彼女を葬ることになるだろうか。そう考えながら玲依は剣を収めた。 「残念なことです」  妃は何も言わず、眉をひそめて彼女を見ていた。  背を向けた玲依は気づかなかった。香春の視線に、悲しみではない別の心がにじみ出してきたことに。  ほどなくして、玲依を遣わした官吏のもとに報告が入った。 「香春妃が、彼女を招きました」 「今夜か?」 「はい、急な御用で」  後宮から玲依を呼び戻すことは不可能だ。官吏はいらだちに首をふる。  彼女は出来のいい配下だった。だからこそ彼は、椿の怪異を聞きつけ、いち早く手はずを整えたのだ。  玲依なら何ごとにも動じないはずだと思っていたが、今回に限って行動が遅すぎた。くわだてが見抜かれたとあらば、蜥蜴(とかげ)の尾として切り捨てるしかない。  官吏は深いため息をついた。 「玲依め。花に惑わされたか……」
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