思い出停車場

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 夜中にトイレに行ったあと外を見たら我が家、山吹家(やまぶきけ)の前にタクシーが止まっていた。  ぞっとした。夜中だぞ。  唯一の家族の母・ミチコは家の中で爆睡している。イビキが部屋越しに聞こえたし。  ということは、この家に用のある誰かが真夜中にこの家に訪れたということだ。  もう一度言う、真夜中だぞ。  俺は誰か出てくるかと二階の窓からおそるおそる覗いていたが誰かが出てくる気配もない。  そのうち眠気に負け俺は自室に戻ってしまった。  朝。目が覚めて一番に窓の外、家の前の道路沿いを見るとタクシーはなくなっていた。  何だったんだろう。  寝ぼけてたのか夢をみたのか。 「恵太(けいた)。あんた何ボーッとしてんのよ」  ご飯口からはみ出てるわよ、と母のミチコが箸で頬を指して指摘する。 「ああ、うん……」 「どうせ夜更かししてたんでしょ。まったく、しっかりしなさいよ。もうすぐ大学受験だってのに」 「おー……そうだな」  釈然としない気持ちで朝食を咀嚼する。  昨夜のことを不思議に思いながらも俺は昨夜の疑問と朝食を共に嚥下して高校へ向かった。  が、その日の夜いたのである。  タクシーがまた家の道路沿いに止まっていた。  夢ではなかった。  また寝ぼけているのか、眼をこすってみたが、街頭に照らされたタクシーがぽつんと一台停車しているのがはっきり見える。 「なんなんだよ……」  俺はタクシーを見つめる。  一体うちに誰がどんな用なんだろう。  今度こそつきとめてやろうと思ったが、タクシーからは人が出てくる気配はない。 「……ぐう」  俺はまたもや睡魔に負け廊下で眠りこけてしまった。  朝になると母から「こけそうになっただろうが!! 道の真ん中を塞ぐんじゃねぇ!」と蹴られた。 「今度こそ、今度こそ……」  次の日の夜中。  もはや俺はトイレに行く前にタクシーを待ち構えていた。  時刻午後十一時半。冬の廊下は砂漠の夜並みに寒く辛い。 「今日こそどんな奴が乗ってるのか突き止めてやる……!」  ガタガタ一人呟きながら震えていると、一台の車がこちらに向かって走ってきた。  例のタクシーである。 (きたきたきた!)  待っていたものの到着に脳が覚醒しテンションは高くなる。  いつも眠気に負けて最後が見届けられないが今日は違う。  なんせこの為に学校で仮眠(居眠り)をとり、コーヒーを3杯飲み、とどめに目には唐辛子を塗っている。準備は万端だ。  さあ、どんな奴が降りてくる。  そしてうちに何の用だ!  しかし、なかなかタクシーからは誰も降りてこなかった。 「へくしょんっ」  くしゃみが出た。  真冬の夜にパジャマ一丁はマジで堪える。  なぜだ。なぜ出てこない。  タクシーが停車して軽く三十分が経過している。もはや俺の身体は芯まで凍っていた。 「ああもう、じれったい!」  待っても来ないならこちらから向かうまでだ!  俺は玄関で靴を履くと外へ飛び出した。
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