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「喋れなくしたこと忘れるんじゃねぇ!」
俺は叫びながら飛び起きた。ゼイゼイと荒い息を吐いていると、壁がドンと叩かれる。思わず音の方角を睨みつけたがそこには黄ばんだ壁があるだけだ。よく知る自室で辺りを見ても記憶と差異はない。
「ちっ、なんだ夢か」
頭を掻きむしると乾いたのどを満たすため、床のゴミを避けながら流しに向かう。蛇口をひねり流れる水に口を付ける。満足したところで口を離し、手で拭うと違和感を感じた。掲げてみるとそこには、十字の痣が浮かんでいた。細部まで丁寧に模様が施されており、洒落たタトゥーのようだ。今までなかったその痣に先ほどの天使の言葉が頭をよぎった。
「マジかよ……」
慌てて日付を確認しようと部屋に戻る。躓いて指先に鋭い痛みが走るが構っていられない。スマホを探し手に取るが画面は真っ黒。続けてテレビのスイッチを入れるがうんともすんとも言わない。
「こんな時に!」
電気が止まっているのは日常茶飯事。今がいつだか分からないが運がない……イライラしていると玄関扉が叩かれた。
「芝野さーん。いるんでしょー? 開けてください。貸したお金返してくださいよー」
「げっ」
思わず出そうになる声を飲み込む。気配を悟られないようにそろそろと玄関と反対側の窓際へと移動する。その間にも、扉を叩く音と声がだんだんと荒々しくなる。築三十年を超える安アパートの木製扉が破られるのも時間の問題だ。
(確か……)
つい最近、同じ事があった。そっと外の様子を窓際から伺う。二階の窓から見下ろせる範囲では人影はない。やはり、玄関前にいる奴だけのようだ。音を立てないように慎重に窓を開け、ベランダに置きっぱなしだったサンダルに足を入れる。前は勢い良く降りて足をひねったので、柵と雨樋に捕まり下へ降りた。
地面に足がついたと同時に、部屋の方から「バキャッ」と破壊音がした。
「芝野どこ行ったオラァ!!」
俺は体を縮こまらせ、駆け足で自宅を後にした。
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