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「何で、ですか……」  彼女は少し思案したのちに、口を開く。 「お恥ずかしい話なのですが、実は私、昔虐待されてまして」  その言葉に、少年は──藤堂暁は驚愕の表情を隠せない。  何でも完璧にこなすように見える彼女が、虐待されてたなんて、信じられる訳が無いだろう。 「父は典型的な暴力を振るうタイプだったのですが、母は……母は、私を神様の使いだと言っていました。」  頭おかしいですよね、と彼女は笑う。  何故、笑えるのだろうか。 「それで、私がこの世界の毒で壊れないように、と家に閉じ込められてまして。 それが、7歳から14歳までの事でした」  その言葉に、暁は更に驚く。  たった2年前まで、彼女は家に閉じ込められていた?  ますます、信じられない。  それなのに、本当なのだと、思ってしまう。 「その間、私は生きて死んでいるような物でした。  まあ、勉強だけは母が教えてくれたんですけどね。 それで、10歳くらいの時でしょうか。 1回だけ、死のうとしてみたんですが、見事に失敗しちゃいまして。 それからは、私の部屋には刃物は一切無かったんですよ」 「それで、何で黒咲さんは、今ここにいるの…?」  虚の独白が始まってからはじめて、暁は声を発する。  その答えは、すぐに返ってきた。 「……本当に、奇跡のような物です。 私の親、2人で出掛けてる時に事故に遭って、亡くなりました。 それで、私は警察の人に保護されました。 それから、今は里親の下で卒業するまで暮らすことになってます。 里親が私立を受けさせてくれて、それで今私はここにいるんです。 私は、そんな何億分の1の奇跡の上に生きてるんです。」  彼女はそこで口を閉じる。 「──だから、でしょうか。 さっきすれ違った時の貴方の目は…… きっと、あのときの私と同じ目をしていたから。」  私が話せる事は以上です、と彼女は独白を締めくくる。 「それじゃあ、私はこれで。」  そうして、彼女は屋上から出ていこうとする。  その手を、暁は咄嗟に掴んでしまう。  まるで、救いを求める哀れな子羊のように。
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