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しかし証拠がないなら、しらばっくれればいいだけのこと。素直に認めてやる必要がどこにあるというのか。
「とぼけなくていいですよ、もうわかってるんで」
が、成都はもう惣介が黒幕であると完全に確信しているらしい。今まで見たこともないほど険しい顔で惣介を睨みつけてくる。
「俺は、貴方のことを愛していました。感謝もしていました。……一方的に別れを告げてしまったことに、負い目もあったし……申し訳ないという気持ちも少なからずあったんです。でも」
「でも?」
「……俺の恋人かどうかなんて関係なく。自分の目的のために、人を傷つけようなんて。それも自分の手を下さず、他人に手を汚させようなんて。……貴方には、失望しました。そんな人だなんて思わなかったです」
目が曇っていたのは俺の方だったんですね、と吐き捨てる成都。
「金輪際、千愛さんに近づかないでください。それから、もし今度また同じようなことがあったら……その時は覚悟してくださいね」
「覚悟ってなんだよ」
ああ、女がいない場所で、そこまでカッコつける必要もないというのに。惣介は呆れて肩を竦める。
「人を殴る勇気もないお前が、俺を殴るってのか?証拠もないのに?」
そんなことできるわけがない、と確信していた。だって自分は、彼のことを誰よりもよく理解している。あんな女よりも、家族よりも。成都の苦しみを知り、傍によりそってあげていたのは誰だと思っているのか。
支配の鎖は簡単に切れない。抜け出せない。ましてや、妙なところで甘ったれたこいつには。
「いいえ」
が。成都はきっぱりと、言い放ったのだった。
「その時は。……お前を殺す。それが俺の責任の取り方だ。いつまでも人をナメてんじゃねえぞ」
敬語が癖になっているような、彼が。初めて男らしく、やや乱暴な口調で自分にそう宣言した。
ぞくり、と背筋が泡立つ感覚。ああ、これを一体なんと呼べばいいのやら。
「……言いたかったことは、それだけですので。じゃあ」
彼は一方的にそう言い捨てると、そのまま階段の方へと歩き去っていった。あとに取り残された惣介は、ぶるり、と体を震わせることになる。
少しだけ、興奮した。
「……ふ、はは。なんだ……そんなイイ顔もできんじゃねーか」
ああ、逆効果だったと彼は気づいているのか。屈服させたい。心からそう思った。大体、“千愛に近づくな”であって“自分達に近づくな”と言わなかったあたり、彼はまだまだ甘いのである。
――あの女も、想像以上に面白いやつみたいだしなあ。
一番欲しいものは。簡単に手に入らないからこそ、愛も募るのかもしれない。
どうせなら二人一緒に、この手に落としてきてやろうか。それもまた一興だ。
――楽しいなあ。
惣介はぺろり、と下唇を舐めたのだった。
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