婚約者である令嬢は今日も僕の前でサングラスをかける

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 気が付くと、僕は暗い場所で横になっていた。  体を動かすと、至る所が縛られている状態で狭い箱の中に閉じ込められているのが分かった。板と板の隙間から、薄っすら光が漏れ出している。  どうやら、僕は誘拐されたらしい。 (アリアナは? 彼女はどうなったんだ?)  誘拐現場にいた彼女と、最後に聞いた声を思い出すと、気が気でならない。  もしかすると、僕と同じように彼女も——  その時、笑いを含んだ男の声が上から降って来た。   「よう、目覚めたか?」 「……彼女は、アリアナはっ‼」 「第一声が婚約者の安否か? ははっ、安心しな。あの女は俺たちが、美味しく頂いてやったからよ」 「美味しく……頂く?」  その意味を理解した瞬間、頭の中が真っ白になった。  全身が縛られ、自由を奪われているのにもかかわらず、男の声に向かって僕は体を乗り出すと、箱を叩き潰そうと何度も体当たりする。  殺気を放ちながら壁にぶつかり続ける僕に、男は大笑いした。手を叩き、ヒィヒィと引き笑いをしている。 「おもしれー。こんな事なら、本当に女を連れてこれば良かったな。嘘だよ。俺たちが連れて来たのは、お前だけ。あの女、お前に縋りながら倒れちまったから、そのまま放置してきたのさ」  それを聞き、僕の全身から力が抜けた。怒りが強かった分、腰が抜けるほどの安堵感が全身を支配する。  良かった。  自分が誘拐されたのにもかかわらず、心を満たす強い気持ちはそれだけ。 「お前は依頼人に引き渡られた後、恐らく殺されるだろうな。ま、残り短い時間を、せいぜい楽しんでくれ」  男との会話は途切れた。僕が大人しくなったから、興味がなくなったのだろう。シャっと刃物を研ぐ音が聞こえてくる。  僕は大きく息を吐くと、箱の角に座った。  もう少しすれば、僕は引き渡され、殺される。きっと依頼人は、敵対する派閥の貴族か。  恐怖で身が竦むが、アリアナの笑顔を思い浮かべると、心が驚くほど凪いだ。それと同時に思い浮かぶのは、何故サングラスをかける、という小さな事を気にしていたのかという後悔。    彼女と過ごした日々は、どれも全てが愛おしい思い出だ。  サングラス越しに薄く見える瞳は、いつも嬉しそうに細められていた。  それだけで十分だったのに。  彼女を好きになればなるほど、裏切られる事が、失ってしまう事が怖かった。でも最期の会話が、あんなくだらない質問になってしまうなんて……  突然、大勢の足音と怒声、そして部屋の外にいたのであろう男たちの悲鳴が響き渡った。 「何でここが見つかった⁉ 追跡も逃れ、目撃者もいなかったはずなのにっ‼」  見張りの男の焦り声は、ドアが破られる音と同時に断末魔の叫びとなって途切れた。  代わりに、鎧が擦り合う金属音と、 「マルク様は、あの一番奥にある木の箱の中です!」  切羽詰まった女性の声が耳に入って来たのだ。  心が大きく跳ね上がった。  彼女の声を、僕が聞き間違えるわけがない。   「アリアナっ‼」  解放された僕が一番に目にしたのは、サングラスと頬の隙間から涙を流しながらこちらを見つめる婚約者の姿。  アリアナに駆け寄ると、僕は強く抱きしめた。あの男が言った通り、彼女に危害は加えられていないようだ。  再び安堵の気持ちを抱きながら、傍にいた護衛騎士に声をかける。 「助けてくれてありがとう。それにしても、ここが良く分かったな。敵は、絶対に見つからないと自信満々だったようだが」 「アリアナ様がここをご案内下さったからですよ、マルク様」 「……え?」  でも彼女は、気絶していたはず。    アリアナは、僕から視線を逸らしていた。明らかに、まずい、という雰囲気を出しながら。  僕は、意識をこちらに向けさせる為、アリアナのサングラスを取り上げた。    久しぶりに見た澄んだ青い瞳が、大きく見開かれた次の瞬間、 「ま、眩しいっ‼」  そう叫び、両手で目元を覆う婚約者。まるで、強烈な光を目にしたかの反応に、僕の方が驚いてしまった。  扉が破られているからとはいえ、この部屋は薄暗い。  一体何に対して眩しがっているのだろう?  アリアナは観念した様子で、両手で顔を隠しながら消え入りそうな声で言った。 「あ、貴方様の魂が……眩しすぎるんですっ‼」  ……え? 魂?
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