婚約者である令嬢は今日も僕の前でサングラスをかける

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 私——アリアナ・ティス・エレヴァメンテには、誰も知らない秘密がある。  体の輪郭をなぞるように滲み出ている、魂の色と輝きが視えるのだ。  魂の色や輝きは、人がもつ本質や特性によって決まる。色が純粋であればあるほど、輝きが強い程、魂の純度も高い。所謂、心の清いというものだ。が、環境や行いによって、色や輝きは変化する。普遍的なものではない。  私はそれを、幼い頃から見て来た。  親切な人だと思っても、魂の色や輝きが濁っている、なんて事はザラ。以前までは綺麗な魂の色だったのに、過酷な事態に陥り、次に会った時には輝きや純度が失われている、なんて事もある。  この能力は、我がエレヴァメンテ家が生き残る為に影ながら役立てて来たが、人の裏表を見続けた私は半分人間不信に陥っていた。  そんな時、マルク様との縁談話が持ち上がる。  今までも縁談話はあったが、政略結婚だとはいえ、紳士的な笑顔の裏に濁った魂をもつ相手を伴侶として迎えられる程、割り切る事は出来なかった。  縁談をことごとく断る私に呆れ、困り果てた両親が持ってきたのが、マルク様との縁談だった。  話によると、とても素晴らしい男性だと言う。  領民たちの暮らしを豊かにする為に心を注ぐ、慈悲深い若き領主様。領地だけでなく、貧困に喘ぐ他国にも援助を行っており、皆が素晴らしい方だと口を揃える、そんな人物だ。  だけど人間不信に陥っていた私は、 (どうせ、今回の相手も色の濁った邪な心の持ち主に決まってるわ)  ハナッからそう決めつけ、会う前から断る気満々でやって来た顔合わせの部屋に入った瞬間、目を潰される事となる。  マルク様から発される、神々しいまでの純白の光によって。 (おかしくない⁉ 何でこんなにも輝かしい魂をしているの⁉ どれだけ善行を積めば、こんな輝きになるの⁉)  この輝きは、今世だけの善行じゃ足りない!  前世から善行積んでるに間違いないわ、これっ‼  最早、聖人レベルじゃない。  聖人様と婚約するなんて聞いてない‼︎  かと言って、目が潰されたと大騒ぎするわけにはいかず、必死で目を細めて光を弱らせながら、改めてマルク様の御姿を拝見した。  穏やかで優しそうな表情を浮かべる彼は、素朴ながらも気品に満ちた容貌をしていた。薄い茶色かかった細い髪が、フワフワと頬のあたりで揺れている。心の底から私を歓迎してくれているのが、細められた茶色の瞳と、緩んだ口元から伝わってきた。  私と目が合うと、少し恥ずかしそうに頬を赤くされ、慈悲深き若き領主の表情が、初心な少年のはにかみへ変わる。  それを見た瞬間、心が一瞬にしてもっていかれた。  ギャップ萌え、万歳。  ときめいた拍子に目を開いた為、また視力を持っていかれたけれど。  私は屋敷に戻ると、すぐに両親に結婚を了承した。今回も駄目だったか、と思っていた両親は大喜び。  しかし、一つだけ問題があった。  マルク様の魂が眩しすぎて直視出来ず、サングラスをかけなければならない事だ。  『目が弱い』という理由をつけて、サングラスを着けるご許可は頂いたけれど、真実を隠すのはとても辛く、彼に惹かれるほど、嘘をついている自分が醜くて罪悪感に苛まれる。  でもこの能力を知られ、頭のおかしな女だと、気味の悪い女だと思われる方が、もっと辛かった。  最悪、それを理由に婚約破棄でもされたら私は——  そしてとうとう、恐れていた事態が起こった。 「アリアナ、ずっと気になっていたんだけど、何故君はサングラスをかけているの?」  体中から感覚がなくなった気がした。  心音だけが、これ以上ないくらい早鐘を打っているのが分かる。カップを持つ手から一瞬にして冷や汗が噴き出し、指から滑り落ちるんじゃないかと思われる程だった。  どうやら彼は、私が普段サングラスをかけていない事を知っているらしい。  もう誤魔化すのは、限界だと悟る。  そう思い顔を上げた時、私はマルク様の背後に、どす黒く濁った血の色のような魂の色を見た。  あの色は、過去に見た事がある。  たくさんの人々を殺し、街を恐怖に陥れた殺人鬼と同じ色。  次の瞬間、顔をマスクで隠した複数の男たちが飛び出し、マルク様に襲いかかった。後頭部を鈍器で撃たれ、あの方の体がぐらりと倒れる。  彼の体を襲撃者の一人が受け止めると、荷物を扱うように肩に担ぎあげた。手慣れた行動を見た瞬間、ピンと来た。  この襲撃は、マルク様の誘拐が目的なのだと。  だから私は、咄嗟に気を失ったフリをした。もし私も目的に入っているなら、抵抗しようが無抵抗だろうが連れて行かれる。しかし私が目的でなければ、気を失った私にわざわざ危害を加えはしないだろうと。私が生きていれば、マルク様を助ける手助けが出来るかもしれない。  私の行動は正解だった。  襲撃者たちは倒れた私に見向きもせず、マルク様を連れ去っていったのだ。護衛たちが駆けつける間もない、一瞬の出来事だった。  護衛たちが集まり必死で襲撃者たちの痕跡を探したけれど、見つからなくて途方に暮れている。皆が、主の命が絶望的だと悲観する中、私だけは希望を失っていなかった。  あれだけ、強烈な魂の輝きを持っていらっしゃる方なのだ。私の能力を使えばきっと……  建物の高台に上った私は、マルク様の魂の輝きが洩れる建物を見つけ出した。  そして突入した部屋の隅にある、一際輝く木箱の中から、愛する婚約者を救い出す事が出来たのだった。
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