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「……というわけです」
「だから、手掛かりがないのにもかかわらず、僕を見つけ出せたのか」
黒いグラスの向こう側で、マルク様が全てを納得されたように頷いた。頭に巻かれた包帯が痛々しい。大した事はないと仰るけれど見ているこちらが辛く、改めて襲撃者たちに対して怒りが沸いてくる。
マルク様は不意に顔を上げると、私を真っすぐ見据えた。
その表情は、柔らかな優しさで満ちている。
「神様も、不思議な力をアリアナに与えたんだね。人の心の色や輝きが視えるなんて」
「き、気味悪い……ですよね」
恐る恐る尋ねる。
自分で聞いておきながら何だけど、ここで頷かれたら私の心は間違いなく死ぬ。
マルク様は大きく首を横に振った。そして私に近づくと、跪き、そっと手を握って下さった。
「気味悪くなんてないよ。これは神様から君に与えられた素晴らしい能力なのだから。君のお蔭で、僕の命は救われた。本当にありがとう、アリアナ。それに——」
握った手を愛おしそうに撫でると、手の甲にそっと唇を落す。
「その能力があったお蔭で、君を他の誰かに取られる事もなかったのだから……」
彼の言葉に、涙が滲んだ。
拒絶されても仕方がないと思っていたのに、マルク様は異端の能力ごと、私を受け入れて下さったのだから。
静かに涙を流す私を、マルク様はそっと抱きしめて下さった。
体を包み込む温もりが、愛おしくて堪らない。
マルク様が体を離すと、私の顔を覗き込んだ。少しだけ困ったように、眉根を寄せていらっしゃる。
「でも、出来ればサングラスなしで僕を見て欲しいんだけどな。やっぱり無理……かな?」
「申し訳ありません……」
サングラスを取ったら最後、部屋を満たす光によって、私の目は潰されてしまう。
頭を下げる私に、マルク様が悲しそうにされた。
いつも優しい微笑みを浮かべている彼の、悲しい表情が見たくなくて、笑いを取ろうと冗談を口にする。
「マルク様の心が清すぎるからいけないのですよ? もう少し、邪な心をお持ち下さいませ」
「よ、邪⁉ 難しいなあ……例えばどんなもの?」
「そうですね……悪事を働いたり、絶望や強い憎しみなどを経験すると、魂の色が濁ります。突然没落した貴族などに、よく見られますね。後、良からぬ事を企んだり、度の過ぎた欲を抱くと、魂の輝きが失われるのです」
あ、でもマルク様にはそのまま清い心でいて頂きたい!
私のサングラスを外す為に、フル浄化されている魂が濁るのは絶対に嫌!
とはいえ、誘拐という緊急事態に陥りながらも、変わらず神々しい光を放っていたマルク様の魂だ。そっとやちょっとの事で変化を起こせるなど、思えないけれど。
マルク様は小さく、度の過ぎた欲か、と呟き何かを考えていらっしゃるご様子だ。
そして瞳を閉じたかと思うと、
「……え?」
私は思わず声を上げた。何故なら、黒いグラス越しに見えるマルク様の様子が変わったからだ。
もしやと思い、慌ててサングラスを取る。
「……見え……ます。貴方の御姿が見えます!」
マルク様の体の輪郭を描くよう滲む純白の色は健在だが、強烈な輝きは失われていた。
だから目が……潰されない‼
目がぁ――っ! ってならないっ‼
「どうやら、サングラスなしで僕が見えるようになったみたいだね?」
「し、信じられません……どうして? な、何をなさったのですか⁉」
「さあ、何だろうね? でも悪事は働いてないから安心して」
瞳を見開く私の視界に、マルク様の企みを含んだ笑みが映る。いつもの慈悲深い優しさとは違う、子供が悪だくみをしているような、そんな可愛らしい表情だ。
決して他の人の前では見せない、私だけに向けられる特別な顔に、心がキュンキュンと高鳴る。
ああ、ギャップ萌え万歳。
何度理由を聞いても、マルク様は教えて下さらなかった。代わりに隣に座ると、私の腰を抱き寄せる。
「いつか教えてあげるよ。その時、君が僕に幻滅しなければいいんだけど」
「これ程までに心の清いマルク様に、幻滅するなんてありえません!」
断言する。
それにしてもほんと、誘拐されても魂の色と輝きが一切変わらなかった強メンタルなのに、この一瞬で何が……。
もちろん、色には全く変化がない為、悪事を働いたとは考えられない。
……謎だわ。
でもいつかは教えて下さるのだ。それまで気長に待とう。
顔を上げるとマルク様と視線があった。初めてサングラスなしで彼を直視し、改めて彼の整った容姿に頰が熱くなっていく。
でもマルク様、こんな感じで私を見つめる方だったかしら?
何だか、私を見つめる視線が、どこか危険というか、熱っぽいというか、穏やかな微笑みからかけ離れた渇望に満ちてるというか……。
でもそれは一瞬で、すぐさまいつもの慈悲深い柔らかな微笑みへと変わる。
(さっきの表情は、見間違い?)
うん、見間違いに決まっているわ。
だって相手は、聖人並みに心の清い方なのだから。
思い直すと、私は愛する婚約者に笑顔を返した。
彼の命が救われ、すぐ傍にある幸せを噛みしめながら。
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