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日曜日「日記」
『如月ふれあいの里』
都会から少し離れた場所にある養護施設、いわゆる老人ホームだ。
施設の真ん中にある大きな中庭、大きな木の下にあるベンチに座って日記を書くのが、榊原ウメの日課だった。
初めは遺書のつもりで書き始めたが、何度も書いているうちに飽きてきてしまった。
とはいえ後は本を読むくらいしか趣味のないウメは日記を書き始めることにした。
しかし、それにも飽きてきた。読書をするくらいしかやることのない、穏やかと言えば穏やかではあるが、毎日同じ様な生活をしていたので書くことがなくなってきたのだ。
ここで起きる事件といえば、友達が先に逝ってしまうことくらいだろうか・・・・
ウメは日記ではなく、自分の昔話を書き留めるようになっていった。
小さな頃の思い出、楽しかったこと、悲しかったこと、今までの自分の人生を振り返ってはそれを書き留めていた。
「こうやって読み直してみると、けっこう幸せだったかもしれないわね」
今日は『いつの、なんのことを書こうかと』考えていると、中庭に迷い込んだ猫を見つけた。
「あら?めずらしい、どこから入ってきたのかしら・・・・おいで猫ちゃん」
ウメが手を差し伸べると、猫は『にゃあ』と鳴き、ゆっくりとウメに近づき、そしてウメの座っているベンチに座った。
「あらあら、人懐っこい猫ちゃんね、可愛い・・・・・」
ウメは隣に座った猫の顔をまじまじと見つめると。
「あらあら・・・珍しい・・・あなたはお仲間かしら?」
猫はウメの顔をジーと見つめると
「そうよ、やっぱりわかるものなの?」
「やっぱり、そうだったのね、何年ぶりかしら・・・・お嬢ちゃんみたいなのに会うのは」
「お嬢ちゃん・・・・」
「あれ違うかしら?ミケちゃんだし、まだ若そうだし」
「そうね・・・おばさんからみたら・・・子供ね・・・」
「あら、気を使って、もうおばあちゃんですよ、私は」
「・・・こうやってお話できる人って少ないの・・・お話してもらえる?」
「ええ、よろこんで!!私も暇だったのよ」
ウメは手帳を閉じて、野良猫と話を始めた。
「お嬢ちゃんお名前は?」
「みてのとおり、野良猫なの。名前はないわ」
「あらまぁ・・じゃあミケちゃんでいいかしら?」
「名前なんてなんでもいいわ・・・おばさ・・・おばあちゃんのお名前は?」
「わたしはね、ウメ。榊原ウメよ。おばあちゃんっぽい名前でしょ?笑」
「いいえ、素敵な名前だと思うわ。ウメさんってよべばいいかしら・・・」
「う〜ん、そうねえ、ここではウメちゃんって呼ばれてるから、ウメちゃんって呼んで」
「・・ウメちゃん・・・は、何を書いていたの?」
「え?ああ、これね、初めは日記を書いていたんだけど、ここの生活は毎日同じような生活でねぇ、書くことがなくなっちゃったから、昔話を書いてるのよ」
「ウメちゃんの昔の頃の話?」
「そうよ、小さい頃の話とか、若い頃の話とか・・楽しかったこと、悲しかったこと、色々ね」
「どんなお話?聞かせてもらってもいいかしら・・・」
「あらぁ・・いいわよ・・・何がいいかしらね・・・」
ウメはうれしそうに手帳をパラパラとめくっていると
「・・・・・初恋・・・の話はある?」
猫は少し照れくさかったのか、少し小さな声でウメに聞いた。
「あはは、あらあら、そうね、やっぱり恋話よね、女子トークね。ふふふ、うれしいわ。初恋ね・・・ちょっとまってね・・・・」
ウメは楽しそうにページをめくり
「あったあった・・・井澤くん」
「井澤くんっていうの?いくつの頃?」
「わたし奥手だったのよねぇ・・・中学1年生よ」
「どんな人だったの?」
「あらあら・・・質問攻めね笑。ふふふ。井澤くんはね、おとなしい男の子でね、身長も小さくて、メガネをかけて。病気がちだったから、体育の授業はいつも見学してたわね、休み時間はいつも席で読書をしてたのね。でもね、その姿が綺麗でね、いつも見惚れてたわ」
「私も本が好きだから、その気持ち少しわかるわ」
「あら、気が合うわね。私も読書が好きだったら、ある日の休み時間に思い切って話しかけてみたの『三島由紀夫が好きなの?この間も読んでいたけど?』ってね」
「そうしたら????」
「うふふ、井澤くんはちょっとびっくりしていたけど『う〜ん・・正直思想とかはあんまりピンとこないんだけど・・・文章は好きなんだ。すごく綺麗な日本語で』って楽しそうに話してくれたのね。それからね、少しづつお話をするようになってね、放課後に一緒に図書室に行って、井澤くんのオススメを教えてもらったり、私も井澤くんにオススメしたりね、そうね・・・図書室でデートをしてたのね」
「素敵なデートね・・・・・」
「ふふふ、図書室でデートを続けてね、私は井澤くんのことが好きになっていったわ。井澤くんは海外の本も読んでいてね、将来はいろんな国に行ってみたいって話をしていたの、すごく楽しそうにね、そんな話をしてる井澤くんも大好きだったわ」
「・・・・・告白しなかったの?」
「いったでしょ?奥手だったのよ、私笑。でもね、どんどん好きになっていたから、ラブレターを書こうと思ったのよ。でもね・・・・井澤くんは沢山本を読んでいたでしょ?へんな文章を書くと嫌われちゃうかもって思ってね、なかなかうまくかけなかったの。何通も・・・いや何十通も書いたかしらね・・・」
「本当に奥手だったのね・・・」
「ふふ、そうねぇ・・・それでね、ある日学校に行ったら井澤くんが学校に来てなかった。先生は体調が悪いからって言っていたんだけどね・・何日たっても井澤くんは学校にこなかったの・・・体調を崩して入院しているって先生が教えてくれたわ」
「・・・・もう嫌な予感しかしないわ・・・・」
「うふふ、そうねぇ・・でもね、私はその時はそんな風には思っていなかったわ。元気になってほしくてね、毎日放課後にお見舞いに行ったの。井澤くんの好きそうな本を図書室から借りて持ってね。1日30分くらいかしら、本の感想とか、今度持ってきて欲しい本とかそんな話をしていたわ、今度は病院デートね」
「・・・・・・・」
「何回かお見舞いに行ってね、私もついに覚悟を決めたの。井澤くんのお見舞いに行くときにね、頼まれた本の最後のページにラブレターを挟んで置いたの。それをもってお見舞いにいったんだけどね・・・・」
「・・・・・・にゃあ」
猫は話の顛末の予想がついて言葉を失ってしまった。
「ふふ・・そうね・・そのラブレターは読まれることはなかったわ。私が病院に行ったら、病室に井澤くんはいなかったわ・・・そうね、ミケちゃんの予想通りよ。井澤くん死んじゃったの。」
「・・・・ごめんなさい・・・辛い話をさせて・・・・」
「いいのよ、もう何十年も前のお話しよ。でも、あの時は沢山泣いたわ。その時までの人生で一番泣いたわね、アンドロイドでもあんなに泣けるのか?ってくらい泣いたわ。でもね、初恋なんて大体うまくいかないものよ。ミケちゃんはおいくつなの?」
「1歳・・・人間だと18歳くらいかしら」
「あら、初恋は?」
「・・・・まだね・・・・・」
「ふふふ、ミケちゃんも奥手なのかしら?笑」
「・・・・そんなことはないと思うけど・・・・」
「まあ、人それぞれよ・・まあでも猫ちゃんタイプは寿命も人間タイプより短いのかしら?」
「わからないわ・・・まだ、猫の仲間にはあったことないの。犬はあるんだけど」
「あら、そうなのねぇ」
「ウメちゃん、楽しかったお話聞きたいわ・・・・」
「あら、そうね。若者には希望を与えたなきゃね、同じ仲間の先輩として」
「ウメちゃん・・・今まで何が一番楽しかったの?」
「一番・・・・・う〜ん、むずかしいわねぇ・・・順番をつけることはできないわね」
「じゃあ・・・その昔話の中で一番好きなお話をきかせて」
「そうねぇ・・・・ミケちゃんに聞いてもらいたいお話・・・・」
ウメはそう言って自分の手帳をめくり少し考えると・・・・
「そうね・・・これがいいかしら。これにしましょう」
「なんのお話をしてくれるの?」
「お爺さん・・私の旦那さんが死んだ時のお話笑」
「え?悲しいお話じゃない?・・・・ひょっとして旦那さんのこと・・・・」
「あはははは笑、違うわよ。愛していたわよ。すごく」
「じゃあ・・どうして?・・悲しくないの?」
「悲しい・・・そうねぇ、悲しかったけど、今まで一番幸せだったと感じた日だったのよ。聞いてくれる?」
「うん・・きかせてほしい」
「私と源次郎さん、あっ旦那さんよ。すご〜〜〜〜く、結婚に反対されたの。」
「なんで?」
「源次郎さんのお家はすご〜〜〜〜〜〜〜くお金もちだったの。私は普通の家庭。あとアンドロイドはね。あんまり目立たない様に生活をしていたの。私はとくに隠密型のアンドロイドだったから、目立つのご法度ね、地味に慎ましく生活していたわ」
「お金持ちとどこで知り合ったの?」
「その時私は、本屋さんで働いていたの、街の本屋さんで。ずぅ〜っと読書が好きだったから、本に囲まれて幸せだったわ。そこに源次郎さんがたま〜にきて本を買ってくれたの。なにやら、ビジネス書やら、経済の専門書やら・・・そんなときにね「金閣寺」を買って帰った日があったのね」
「三島由紀夫ね・・・・・」
「そう、次に来たときにも三島を買って行ったわ『憂国』だったかしらね・・・・それからもちょくちょくお店に来て三島を買って帰って行ったの。ちょっと気になってある日話しかけちゃったの『三島由紀夫お好きなんですか?』って」
「そうしたらね、目を輝かせて『はい!書いていることは難しくてわからないところはありますが、日本男児の心意気や、強い信念を感じて好きです!』ってね。井澤くんとは正反対の事をいってるし、見た目も全然似てないのにね。わたし井澤くんのことを少しだけ思い出しちゃったの。」
「ふふふ」
「源次郎さんは、その後もお店にきて三島を買って行ったわ。お会計の時少しお話するようになったのね、私は新書で面白そうな物をオススメしたりしてね・・・・
そうしたらね・・・・うふふふふふふ」
「なに?何があったの?」
「ある日、源次郎さんがね、真っ赤な薔薇の花束をもってお店に来たの笑」
「『ウメさん!!!僕とお食事に言っていただけませんか?』てね。恥ずかしかったわ。お店に他のお客さんもいたのに。でもね、同じくらい嬉しかったわ。『お食事くらいなら』って言ったらね、源次郎さん、少年みたいな顔で笑ってね。もうこの時恋をしていたのかもしれないわね」
「うふふ、たのしそうね」
「そうね、すごく楽しかったわ。でもね、何度かお食事に行ってるうちに私はちょっとづつ不安になっていったの。」
「なんで?楽しかったんじゃないの?」
「うん、楽しかったわよ。でもね、お食事をしてお話をいくうちにね、源次郎さんのお家がすごいお金持ちだってことに気づいてきたの。源次郎さんのお父様は地元の名士で市長さんに立候補を考えているような方だったの。ミケちゃんみたいな今時の子にはわからないかもしれないけど、あの当時はね。家柄って大切だったのよ。だからね、私みたいな普通の家庭の子とお付き合いするような方じゃないのよ。それにね、私はアイドロイドだから、いつか、それも言わなきゃいけないってね・・・」
「どうでもいいじゃない・・・好きだったんでしょ?」
「ふふふ、そうね、ミケちゃんの言う通りね。でも、昔はそういうわけにはいかなかったのよ。源次郎さんは『結婚を前提に考えてお付き合いしてほしい』って言ってくれたわ。だから、素直に自分がアンドロイドってことを伝えたわ『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』って小説も渡してね。ここに出てくるロボットみたいなのものよ。ってちゃんと説明してね」
「源次郎さんはなんて言ったの?」
「『ふざけないでほしい!!僕が嫌いなら正直にそう言ってほしい!』ってめずらしく怒ったわ。源次郎さんがあんなに怒ったのは・・・その後もそんなになかったかしら・・・それでも、私は嘘をついているわけじゃないから、何回もしつこく説明したわ。でも、それだけじゃない、源次郎さんと私は住む世界が違うから、きっとご両親には許していただけないってことも伝えたわ。何回も何回もね。案の定、ご両親は大反対だし、親が選んだ相手とお見合いししなさいって怒られたらしいわ」
「昭和のドラマみたいな話ね・・・・」
「そうね、実際に昭和のお話しよ。今じゃ考えれないかもしれないけど、そんなに珍しくないというか・・ありえない話ではなかったのよ」
「・・・私なら・・・無視しちゃうけど・・・・」
「ふふふ、そうね。でもね、私も源次郎さんが好きだったから幸せになってほしいと思ったのよ。だから、源次郎さんはお父さんのお仕事をしっかり継いでいただいて幸せになってほしいと思ったわ。そうしたらね・・・ふふふふふ」
「なになに?どうしたの???」
「ある日、源次郎さんお店に来たの。すごい思いつめた顔して・・・そして・・・おもちゃの指輪を持って私にプロポーズしてくれたのよ『親とは縁を切りました、明日から無職です。だから僕の3ヶ月分の給料で買えるのはこの指輪でした!!それでもよかったら、一緒になってくれませんか?』ってね。また少年みたいな顔をして言ってきたの笑
あまりにも真剣で、あまりにも可愛らしくてその場でオッケーしちゃったの」
「・・・・素敵な人だったのね・・・・」
「私たちは結婚したわ。源次郎さんは、地元の工場で働いたわ。貧乏だったけど、楽しかったわ。お義父さんの援助は本当に一切なかったの。それでも源次郎さんは、文句一つ言わずにお仕事をがんばってくれたの、そして源太が産まれて・・・・そしたらね、源太もアンドロイドだから、3ヶ月で喋ったのよ。源次郎さんはびっくりしてね・・・ある日の夜、ご飯を食べていたらね、また思い詰めた顔してね」
「なに?なに?なにがあったの???」
「いきなり土下座をしてね笑。『すまんウメ!!!お前のことは信じてるつもりだったけど、アンドロイドっていうのだけは、どこかで信じてなかった。でも、源太をみて確信した・・・すまん。お前の事を信じてやれなくて申し訳ない!!』ってね笑。もう私はそんな源次郎さんが愛おしくって、許すも何もねぇ笑」
「源次郎さんと源太で幸せにくらしたわ。お義父さんにも源太も会わせてね、そうしたら、お義父さん、もう喜んじゃって・・・笑。勘当も解除されてほんとうに、幸せに穏やかに暮らしていたわ。でも、いつだったかしらねぇ・・・・もう大分前だから・・・忘れちゃったわ・・・源次郎さん癌になっちゃってねぇ・・・」
「やっぱり悲しい話じゃない・・・・」
「ふふふふ・・・そんなことはないわよ。源次郎さんがいよいよ・・って時にね。源太は高校生くらいだったかしら・・・・源次郎さんがね、源太にね『おい源太・・・いいか、お前はアンドロイドだ。他の人と違う。でもな、人間はみんな違うんだよ。誰もおんなじ奴なんかいない。だから、なんにも気にする事はない。お金をもってたり、もってなかったり、そんな事ですら人間は人を差別する。でも、人間に愛想をつかさないでくれ。お父さんはな、アンドロイドのお母さんと結婚して、お前とお母さんと一緒に暮らして幸せだった。孫の顔はみたかったけどな笑。お母さんのことよろしくな』ってね。源次郎さんは私の言った事を信じてくれて、そんな私を大切にしてくれたの。・・・・まだ死んでないけど、人生で一番嬉しかった言葉かもねぇ・・・」
「にゃあ・・・・」
猫は返す言葉が思い浮かばずに猫の鳴き声で誤魔化した。
「ミケちゃんも変わった猫ちゃんだからね、ミケちゃんのことをよく理解してくれる人?猫に出会えるといいわねぇ」
・・・・・・・・・・・・
「あっ・・・・あーちゃん、どこ行ってたの!!!帰ってこないから心配したんだけど!!」
「ごめん、井澤・・・ウメちゃんが亡くなったっていうから、最後に会ってきたの・・・」
「え?あのアンドロイドのおばあちゃん?亡くなっちゃったの?」
「うん・・・まあ・・・遠くで眺めてきただけだけど・・・・」
「そっかぁ・・・」
2人は沈黙してしていた、TVのニュースの音がやけに大きく聞こえた。
「・・・井澤、来年からこの街でも同性婚がオッケーになるって」
「へえ・・じゃあ、いつかあーちゃんとも結婚できるようになるかなぁ笑」
「ふふふ・・・そうね・・・井澤の月給の3ヶ月分の指輪・・・首輪を買ってきてたらプロポーズ受けてあげてもいいわよ笑」
「え〜、あーちゃん、なんか古いなぁ・・愛があれば、指輪なんていらないでしょ?」
「まあ・・そうね・・でも、愛を表現するためには指輪とか花束も必要よ」
「そんなもんなのね・・・女心はよくわかんないなぁ・・・」
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