明日のときより

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 明日乃はよく言葉が不自由だと言われる。  確かに開拗音を除く四文字以上で話している姿を、俺も一度も見たことがない。それに少々……いや大いに常識外れでもある。  だが話し方が原因で、こいつが誰かから疎まれたことだって一度も無い。  もちろん誤解されることもあるが、明日乃は最終的には誰とでも仲良くなれてしまう。きっとこいつの素直で優しい性格が相手の胸襟を開かせるのだろう。  それにド文系の俺には想像もつかないが、明日乃は抜群の数学的センスの持ち主らしい。  実際、外国のなんとかという大学のどうたらという教授のお眼鏡に適い、中学卒業後は高校に通わず彼の研究に携わっている。  その教授曰く、明日乃の第一言語は数字なのだそうだ。  これがどれだけ凄いことなのかはわからない。ただ明日乃が見ている世界は、俺みたいな凡人とはかけ離れたものなのだとはわかる。その遠さを思うと、時々ため息が出てしまう。 「きよりぃ」  帰り道、明日乃は俺の袖を引っ張り地元の駅ビルを指さした。 「ああ、本屋か?」  明日乃が頷く。 「悪い、いま金欠だ。また来月な」  明日乃はまた頷いたが、今度は少ししょげているようだった。  その様子に思わず苦笑した俺は、ポケットに入った本の内容を思い返す。それからまだ読んでいる途中だと断ってから、その物語を明日乃に話して聞かせた。  未来の宇宙、強化スーツを着て戦う兵士の物語だった。  敵である宇宙蜘蛛に怯え、兵士達の活躍に鼻息を荒くする明日乃を見て、思わずこちらの語り口も熱くなってしまう。  この習慣のおかげで、同じマンションの隣同士に住む明日乃との帰り道はそれなりに楽しい。  先週は学生の主人公が鎌倉で出会った先生との物語を、今週は宇宙の戦士の話をした。  けど近い将来、明日乃に物語を聞かせてやれない日がくるかもしれない。  いつになるかはわからない。でもその時は、きっといつかやって来る。
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