明日のときより

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「それは大変だったね」放課後の図書室、向かいに座る森戸(もりと)さんはそう言って困ったように笑った。 「ほんと、あいつの破天荒ぶりには寿命が縮むよ」  言いながら小さく切ったボール紙をカード立てのクリップに止める。可愛らしい絵と短い紹介文を書いた手作りポップだ。  次の読書週間のため、図書委員の森戸さんと俺はこの日の放課後も内職に勤しんでいた。 「けど葉山(はやま)君はいつもその子と付き合ってるんでしょ」 「あいつのお母さんには夕飯とか家事の面倒とか、なにかと世話になっててさ。で、いつもその噴水で待ち合わせて一緒に帰るんだけど」 「事件が起きた、と」  俺は頷いてみせ、「明日乃のやつ、なんかあそこが気に入ってるみたいでさ。夏は水飛沫が跳ぶし冬は寒いし。おまけに春と秋は花粉も飛ぶし」 「花粉は葉山君の免疫の問題でしょ」 「森戸さんはないの?」 「あるよ。杉にススキ、それにブタクサも」 「ならわかってほしいな、俺の気持ち」  森戸さんは笑ってポップ作りを再開した。絵心のまったくない俺も、その出来に感心しながら雑務をこなす。  森戸さんとは知り合ってもう二年近くになる。今年も図書委員を一緒にやらないかと誘ってくれたのは同じクラスの彼女だった。 「きっとその子は葉山君と少しでも一緒にいたいんだよ」  その言葉に手元が狂い、クリップで指を挟んでしまう。潰れた小動物のような悲鳴を耳に、森戸さんが顔をあげる。 「大丈夫?」 「うん、平気」俺は痛む手を振りながら答えた。「それより」 「あ……」  俺の指さすほうを見て森戸さんは声をあげた。  手元が狂ったのだろう、ポップの少年の顔から赤い線が一本、鼻血でも吹いたみたいに横に伸びている。その出来栄えに、どちらともなく笑い出した。  少しでも一緒にいたい。  一向に引く兆しを見せない笑いの中、俺は頭の隅で森戸さんの言葉をいつまでも考えていた。
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