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「葉山君」
物思いに沈んでいたせいだろう、森戸さんのその声の幻聴が聞こえる。
そう思ったが、はたしてカウンターの向こうに本人がいた。
「森戸さん?」訊ねながら目をしばたかせる。「どうしてここに?」
「バイト。葉山君こそどうして?」
「俺はその、小腹が空いたから知り合いと……」
「例の幼馴染の子?」
言い当てられ、明日乃のことを無意識のうちに伏せていたことに気づく。
「実はいま話してるの見かけちゃって。可愛い子だね」
「そうかな。あんまり意識したことないや」
「それでどうする、ポテトのサイズ?」驚いて顔をあげると、森戸さんは申し訳なさそうに笑った。「ごめん、それも聞こえちゃって」
俺は顔が熱くなるのを感じ、目の前のメニューを叩きつけるように指さした。
「このウルトラバーガーセットを二つ」
森戸さんは眉根を寄せた。きっと俺の懐具合を心配てくれているのだろう。
「大丈夫、お金あるから。あいつもポテトだけじゃ足りないだろうし」
「そうなの?」
「あいつ見た目と違って大食らいでさ。おまけに思考も行動も謎なんだ」しまった、と思った時には言葉を続けていた。「来年遠くの大学に行くみたいだけど、俺としてはせいせいするというか……」
見る間に森戸さんの表情が曇っていく。その視線を追って振り返ると、明日乃が立っていた。目に涙を浮かべ、丈の長いセーターの裾をぎゅっと掴んでいる。
噤んだ口を開く前に、引き止めようと手を伸ばすより先に、明日乃は外へと駆け出していった。
「追いかけなくていいの?」立ち尽くす俺に森戸さんが言う。
「大丈夫だよ」答える声は震えていた。「喧嘩なんていつものことだし。ごめん、変なとこ見せちゃった」
「ううん」森戸さんは首を横に振ると、「でもカッコよくはない、かな」
それから俺は心配そうにする森戸さんをよそに、二人分のウルトラバーガーセットを置いたテーブルに一人きりで突っ伏した。
森戸さんの認識はとんだ見当違いだ。
いまの俺はカッコよくないどころじゃない。とんでもなくカッコ悪い。
口が滑った? 気持ちとは裏腹なことを言った?
ふざけんな。一度相手に言葉が伝わったら、本心がどうだろうとそれが真実になるんだ。
残すのも悪いので、腹に詰め込んだ食べ物とともに店を出た。去り際に見たカウンターに、もう森戸さんはいなかった。彼女がいてくれることに期待していた自分に気づき、俺はますます自己嫌悪に陥った。
胃袋は重たかったが、引きずる後悔のほうがもっと重かった。
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