明日のときより

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 明日乃とはそれから数日会わなかったが、森戸さんとは学校で顔を合わせた。  彼女は俺に会いたくなかっただろうし俺も合わせる顔がなかったが、お互いに図書委員としての役割は果たさねばならない。それまでの和やかな雰囲気が嘘のように、俺達は黙々と作業した。 「その、森戸さん……」 「葉山君」 「はい!?」 「そのペンとって」  言われるまま赤いペンを差し出す。森戸さんもお礼だけ呟き作業を続ける。手持無沙汰になった俺は並べたポップの向きを無意味に調整した。  やがて森戸さんがペンを置く。  完成したのかと呑気なことを考えていると、彼女は長いため息をついた。 「あのさ、謝る相手が違うんじゃない? あれから話、できたの?」  明日乃のことだ。黙って首を横に振ると、森戸さんは再びため息をついた。 「なんであんなこと言っちゃったの?」 「それは……」 「好きなんでしょ、あの子のこと?」  思わず顔をあげると、頬杖をつく森戸さんと目が合う。 「なんで、そう思うの?」 「葉山君のこと、ずっと見てたから……」 「え?」 「私のことはいいの! 葉山君はあの子とどうしたいの?」 「ええっと……」 「はっきりしないな、もう! 仲直りしたいんでしょ?」  本音を言えばその通りだ。だが、それで明日乃をさらに傷つけてしまうことが怖い。  というかいつもと全然キャラが違うな、森戸さん。 「そりゃ仲直りしたいけど、できないよ」 「なんで? 取返しのつかないことをしちゃったから?」 「それもあるけど……あいつが遠くの大学に行くって話したよね。あいつ、初めて本当にやりたいことを見つけられたんだ。だから大人しく身を引いたほうが、あいつも踏ん切りがつくと思って」  明日乃の数学の才能を発揮するためにも、俺がその障害になるわけにはいかない。 「カッコ悪いだけじゃないんだね」ポップをいじる俺に森戸さんが言う。「おまけに馬鹿だよ、葉山君は」 「どういうこと?」いささかむっとしながら訊き返す。 「葉山君、前に言ってたよね。なんでそんなに読書家なのか。その子に色んな物語を聞かせてあげるためなんでしょ。だから何冊も本を読んで、きちんと理解して……彼女がそうしてずっと一緒にいてくれた人と離れたがってるって、本気でそう思ってるの? 踏ん切りをつけたいのは葉山君なんじゃないの?」  もう、信じらんない。森戸さんは椅子に深く身を預け、額に手を当ててそう言った。顔が上気して見えるのは、窓から差す夕陽のせいだけではないのだろう。  俺は手の中のポップに目を落とした。いつの間に握りしめていたのか、一輪の薔薇の隣に佇む男の子の絵はくしゃくしゃになっていた。 「森戸さん」ポップを置いて立ち上がる。「俺、帰らなきゃ」  森戸さんが額とは反対の手を振る。 「ポップ、こんなにしちゃってごめん。今度――」 「いいから早く行きなよ。その子……明日乃ちゃんと仲良くね」  ほんと嫌な子だな、私って。  図書室を出る時、森戸さんは確かにそう言った。聞こえないふりをすることなんてできなかった。  きっと森戸さんの優しさに甘えるのは物凄くずるいことだ。けど、ここで彼女に謝るのはもっと卑劣なことに思える。  だから詫びる代わりに俺は言った。 「ありがとう」  返事は聞かなかった。  図書室を出た俺は、家に向かって駆け出した。
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