明日のときより

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 明日乃のお母さんは俺のことを受け入れ、家の中にも通してくれた。  明日乃の部屋は寒く、真っ暗だった。  明日乃はこちらに背を向け、窓に映る夜景を眺めるように横向きに寝そべっていた。 「よお」ドアのそばに立ち、見られていないのを承知で手をあげる。「そっち、行っていいか?」  無視される。そんな予想に反して明日乃は後ろに回した手でベッドを叩いた。俺は静かに近づき、尻を引っかけるようにベッドの端に腰かけた。  背中合わせになって楽になりかけた気持ちが、ドアの脇に佇む大きな旅行鞄を見てぎゅっと締めつけられる。 「その……この前は悪かったな、あんなこと言って。どうかしてた」  俺は家から取り出した文庫本をベッドに置いた。森戸さんのポップを見て思い出したものだ。本に手が触れたのか、明日乃が身を引く音がした。 「やるよ。小さい頃、初めて読み聞かせた本。外国行くんだろ。今日はそのお別れを言いにきたんだ」  明日乃がベッドの上で身じろぎする。 「俺のわがままだけど、喧嘩別れじゃ嫌だからさ。許してくれなくてもいい。向こうでも元気にやれよ」  じゃあな、と立ち上がろうとしたところで裾を掴まれる。振り返ると身を起こした明日乃が目にいっぱいの涙を浮かべていた。 「いかないで!」  そんなふうに話す明日乃を初めて見て、俺は息を呑んだ。 「わたし……きよりぃと、いっしょ……いたいの。もう少しだけ、で……いいから」  喉の奥が息苦しさでかっと熱くなる。同時に明日乃に対する愛おしさがこみ上げた。  それに後悔も。そんなに大切に思っていた人に対して、俺はなんてことをしてしまったのか。 「俺だって嫌だ」震える声で言う。「俺だって、明日乃と一緒にいたい。いつもみたいに広場の噴水で過ごして、一緒に帰って。もっと色んな話もしたい。どっか行っちまうのはおまえだろ。どこにも行かないでくれよ!」  こぼれる涙を隠すようにすがりつくと、明日乃も俺の頭を抱えた。  それから俺達は、子供に戻ったみたいにわんわんと泣き出した。
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