180日間の始まり -1

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180日間の始まり -1

あんたはどういうつもりなのかなあ。 そして、俺はどういうつもりなんだろう。 エリックが俺の家に来て、1週間になる今日。 朝の9時からトラックが2台とバンが1台やってきた。 それも、大型トラックで来てみたら舗装道路から林道に入れず、林道の入口で2台の小型トラックに荷物を積み直してきたというのだから、ご苦労なことだ。 今は玄関前に横付けされたそれらから、次から次へと家具が運び込まれている。 俺は寝ていたところを、9時にエリックに抱え上げられた。 パジャマのまま毛布に包(くる)まれて、元はペンションのラウンジだった部屋に置かれたソファのひとつに運ばれ、現在、放置されている。 エリックは、置かれていた家具を運び出し、新しい家具を運び入れる作業員に、あれこれと指示を出している。 「おかしいなあ。ここは俺の家のはずなんだけどなあ」 ガタガタドタドタと騒がしいリビングルームと主寝室を、離れたラウンジから眺めていると、そんな独り言が漏れてしまう。 家具の入れ替えを、エリックに提案された覚えはない。 どういう家具にしようかと、相談された覚えもない。 「俺は、家具を買い換えなくてもすむように、ここを居抜きで買ったんだけどなあ」 ペンションを廃業して、さほど時間が経っていない物件だった。 だから、主寝室のベッドをはじめ、客室のベッドも、ラウンジのソファも、古いシーツを利用した埃よけカバーをはずして、クリーナーをかければ、使えるレベルだった。 ここを案内してくれた不動産屋のスタッフが家具のカバーをはずしてくれたし、ハウスキーパーが主寝室のベッドのマットレスにクリーナーをかけ、布団を干して、洗いたてのリネン類と一緒にセットしてくれた。 「なんの問題もなかったんじゃないかなあ」 主寝室の続き部屋は、ペンションの事務所兼スタッフの休憩室になっていたのか、廃材を利用したフローリングに、灰色の事務机と回転イス、据え付け金庫、それに安っぽいローテーブルに簡易ベッドにもなるソファが2つ置かれていた。 車イスが通るスペースさえ確保できていればよかったので、それらは特に使うあてもなく、そのままにしていた。 「くつろぐなら、このラウンジがあるから、別に模様替えして使う必要ないのに」 俺が動くと、作業の邪魔になるばかりか、自分が転んで大事になりかねないので、ソファの上に座って、ぶつぶつこぼすしか、時間をつぶす術がない。 自分の家(のはず)なのに、この疎外感はなんだろう。 ソファの上で毛布をかぶって、体育座りしている俺って、何? 基本的に、エリックは“機嫌がいい”。いつもにこにこと微笑をたたえている。 今朝はそのにこにこが2倍ほど増量しているうえに、俺をここまで運んでくる際の軽やかな足取りに、「何か企んでいるな」とは思ったんだ。 まあ、これほどあからさまに作業してるのだから、部屋の模様替えは“サプライズ”にならない。だから、そのビフォー・アフターが“サプライズ”なのだろうと予想はした。 正午を過ぎた頃、10人くらいの作業員たちが帰っていった。 それを見送って、ラウンジの僕の前まで来たエリックは、意気揚々と言った。 「お待たせ! 新しい、僕たちの部屋に案内するよ!」 抱き上げようとするエリックの手を断って、毛布を頭から被ったまま、床に足をつける。 裸足を気遣う彼に「抱き上げられるよりはいい」と言えば、苦笑して、前に立って歩き出す。 そう、たしかにその部屋は一変していた。 事務机や金庫、安っぽい机やソファは一掃され、広々とした部屋の奥には紅茶色の総革張りのソファセットと、アンティークな寄木細工のどっしりしたローテーブルが置かれている。 ドアから入ってすぐの窓の下には、木材をヘリンボーン柄に組んだ四角く、脚が長いカフェテーブルに、背もたれのあるウォールナットのカウンターチェアが2脚。 壁際には彫刻飾りのある大きな書棚、43インチのテレビが置かれたボードを中心に上下左右に収納棚があるキャビネット、引き出しがたくさんついたライティングビューローなどが据えられている。それぞれ色合いは微妙に違えど、木目を生かした飴色の鈍い光沢を放つアンティーク調にそろえられている。 くすんだ白色だった壁材には、紅色や黄色の小さな花束が散ったモスグリーンの壁紙が貼られ、赤茶色のブラックチェリーの腰壁に調和している。 フローリングには毛足の長いえんじ色の絨毯が敷かれ、床に座り込んでも気持ちがよさそうだ。 もともとあった暖炉にふさわしい、ヨーロピアンヴィンテージに様変わりした「リビングルーム」。 俺が部屋のすべてに視線を行き渡らせたと見て取ると、エリックはもうひとつの扉を開いた。 部屋の中央には、もともと置かれていたダブルベッドより一回り以上大きい、キングサイズのベッドが鎮座している。 「シモンズのベッドに、寝具はシグノリアだよ! やっぱりベッドは最高のものでないとね!」 満面の笑みを浮かべたエリックの言うとおり、寝心地はよさそうだ。 ベッドを挟んでフランス窓側には、照明を手に掲げた等身大の女神のブロンズ像が並び、アンティークなライティングビューローとアンティークチェアが置かれている。 等身大に近いブロンズ像がチューリップのような形をした、LED内蔵のランプを捧げ持って立っている。 「キミのデスクは部屋の雰囲気に合わないけど、キミが身体のことを考えて選んだデスクだろうし、疲れたらすぐ横になれるように、ベッドの近くに置くのも理にかなってる。だから、これはそのままにしておいたよ」 「…………ありがとう」 「どうだい? ずいぶん人の住む部屋らしくなったと思わないかい?」 「……そうだね。一気に住み心地がよくなったと思うよ」 「だろう? 喜んでくれるなら、なによりだ」 エリックの目には、俺は喜んでいるように映っているのか。 俺は……喜んでいるのだろうか。 その夜、ネットサーフをした俺は、なんとなくの思いつきで目についた外国煙草を買った。
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