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エピローグ
スーツを着た男はまるで僕のマネージャーみたいに控室に入ってきた。
僕はネクタイを締めながら、今日の台本を見つめて喋った。
「これからトーク番組の収録があるから端的に手短に頼むよ」
「はい、光様」
別に『様』はいらないのになぁと、いつも思うのだけど好きにさせていた。
ここはテレビ番組の控室。
僕はそこで、僕が個人的に雇っていたものから静かに報告を聞いていた。
僕はぱらりと『今を斬る! 有識者VS芸能人の熱いトークバトル』と書かれた台本をめくる。
「やっと、月宮千鶴を見つけました。今は小さなフラワーアレンジメントの教室を開いて生計を立てているようです」
思わず僕は台本から指を離して、ちらりと男を見る。
心臓がドクンと高鳴る。
8年。
僕はあれから26歳になっていた。
千鶴を見つけるのに8年もかかってしまった。
しかし、僕はまた台本に視線を戻した。
「続けて」
「はい、あの事件のあと月宮千鶴は療養の後、月宮の遠縁を頼り、黒宮家の養女として縁組していました。これが中々見つけられなかった理由かと」
「……結婚は?」
「してませんね」
良かった。
ほっとした。
そしてこれが現在の『黒宮千鶴』の報告書ですと、台本の横に茶封筒が置かれた。
「そう。ありがとう。報酬にイロをつけておくよ。また何かあったらよろしく」
「はい。では失礼します」
そしてまた静かに部屋を出て行って、かわりに派手な服装の男、今日のこの番組のプロデューサーが現れた。
「失礼するよ、光君! 今日もよろしく頼むよ。君がでると視聴率スゴいンだよ! 女性ウケもすこぶるいい!」
「そんな事ないですよ。僕なんて客寄せパンダみたいなもんですから」
──これは本音。
でもプロデューサーは、笑いながら、僕の肩に手を置いて。
「あの悲劇の事件の生き証人いや。生き美少年が、青年実業家で大大大成功して、こォんなにカッコ良くなっちゃったら、世間は放っておかないよォ」
「別に、親の七光りのおかげですよ」
「ふふふ。言うねェ。実は君にドラマのオファーとか、トーク番組の司会を」
「すみません。その話しはお断りしたはずです。それに家の仕事や講演などが忙しくて。そう、次の書籍化イベントも控えているので。あ、もう収録が始まりますよ?」
僕はにっこりと微笑んだ。
「ほんと、光君ならウェルカムだから。また飲みに行こうネ! 絶対だよ!」
そしてまた笑いながら部屋を出て行った。
僕はふぅっと小さなため息をついた。
そして鏡に映る自分の姿を見た。
あの時よりも随分身長が伸びた。
今の僕は学ランではなくてオーダーメイドのネイビーカラーのスーツを着ていた。
髪はきっちりと後ろに撫でつけ、腕にはそこそこの高級時計。
そんな鏡に映る自分にそっと触れて。
「……兄さんにちょっと似てきちゃったよな……」
そう呟いた。
そして目を瞑り、あの事件の事を。
千鶴の事を思い出した。
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