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駅を降りてからは、軽い緊張を抱えたまま貸しマウンテンバイクを借りてペンションに向かった。
ここまで来るまでに地図やグーグルマップを頭に叩き込んでいるので頭で思い描く道筋にあまり差異はなかった。
ただ、道の駅がつぶれていたり、コンビニが出来でいたりと少しだけ周囲に違いがあったが、適応範囲内。問題ないと思った。
そして此処は風光明媚と言われるのに違いはなく。
バイクを漕ぎながら豊かな自然が目を楽しませてくれた。
空気が澄んで少し冷えるが緊張した体には心地よかった。
ウィッグがちょっと風に靡いて邪魔だったか、仕方ない。
「女の人は大変だな。千鶴もこんな思いしたのかな」
冷たい風に問いかけるように、そんな事を言ってももちろん、答えはなかったが景色の鮮やかさのお陰で気持ちは晴れやかだった。
暫くバイクを漕いでいると視界が開けて、湖が見えた。
今日は天気もよく湖面が鏡面みたいに光ってきれいだった。
確かにここでウェディングフォトを撮ったら写真映えるかと思った。
そんな湖面を見ながら僕が予約したペンションの看板が出てきて──ここからはひょっとして兄さんと遭遇するかもと、周囲に気を張った。
そして。
貸しペンションの棟を抜けて。
横目に僕の家の別荘を見つけた。
記憶のものと寸分違わず、そこにあった。
写真でみるより、記憶のものよりずっと大きいと感じた。
ちらりと窓をみるがカーテンがしっかりと引いてあった。別荘の周りには車は駐車してない。
不動産さんの人曰く、月イチで委託管理者が空気入れ替え等で別荘の中に足を入れているとの事だった。
多分、そのおかげで雑草が生い茂ることもなく、絵葉書みたいに別荘は綺麗に佇んでいた。
もうちょい観察したいけど、何処に目があるかもわからない。不自然な行動は控えて、我慢して。
僕の予約したペンションに辿り着いた。
鍵は予め郵送で受け取っている。
それは僕の家の別荘よりも小ぶりだったが絵本に出て来るような丁寧な作りのもので快適そうだった。
食料もバーベキューコースを頼んでいて、事前に冷蔵庫に食品がそれなりに用意してくれてる。
無駄に外に行かなくていいようにしていた。
そして、鍵を開けてペンションに入るとヒノキぽっい良い香りがした。
玄関先には僕が先に配送したダンボールがきちんとおかれていた。
「さてと、準備いたしますか」
僕はふぅと、ため息をついてまずは部屋のカーテンを全部閉めた。
それからウィッグを取る。
そしてダンボールを自分の家の別荘に見える二階の部屋に運び、荷物をばらす。
ノート型パソコン二台、ハンディカメラ、バッテリー、双眼鏡、防寒装備の服、十徳ナイフ、等など。
それらを床に広げながら。
「なんかスパイみたい……」
そんな事を呟いた。
そしてハンディカメラを僕の別荘に設置して、映像をパソコンに連結させる。
これで24時間別荘の入口を監視できる。
他にも色々と準備を進める。
その合間に父さんにも非通知設定で連絡した。
文句を言われる前に「また、明日も連絡すると」言って電話は切った。
そして時刻は夜に差し掛かっていた。
今の所動きはなし。
今日、このまま特に別荘に動きがなかったら闇夜に紛れて別荘に監視カメラと盗聴器を仕掛けてやるつもりだった。
それまでは──。
「腹が減っては戦はできぬってやつかな。折角だからお肉でも焼こうっと」
そう、出来るだけ平常を心がけようと思った。
そして万全の状態で明日を迎えたいと思った。
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