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「えっ、ちょっと。待って。えっと」
寝起きに水をかけられたように僕は車の音にびっくりした。
もちろん兄さんじゃない可能性もあるが、まずは確認と思い監視カメラの映像をパソコンに写し、双眼鏡でそっとカーテンから外を覗いた。
そこには白いワンボックスカーにデカデカと『町の鍵屋さん24時間営業中』と書かれたものと。
黒のアウディが別荘の横にピタリと止まっていた。
どくんと心臓が高鳴った。
そして双眼鏡を放り出して見た映像には。
背が高く、黒いニットを着た整った顔の男の人──兄さんと、鍵屋が会話する現場の映像が流れてきた。
来た。
読みが当たった。
その映像から聞き慣れた声が流れた。
『すみません。鍵ずっとこれだと思っていたら、どうやら違う鍵だったみたいで。助かります』
間違いなく兄さんの声。
そして、ガチャガチャとドアノブを回すような音と一緒に。
『いやいや、お安い御用ですよ。あの冬野さんからの依頼だったら早朝でも深夜でもひとっ飛びで行きますから』
再度、助かりますと、兄さんの声。
僕は食い入るようにパソコンを見つめた。
この角度なら手前の業者の人が邪魔で兄さんがよく見えなかったが、それでも見え隠れする兄さんの顔を見る限りでは──元気そうだと思った。
そして千鶴は?
兄さん一人で?
近くに千鶴がいる?
もう警察に通報を?
一気に自分がやるべきタスクが頭の中に羅列するが、どれを行うかまだ判断が早い。
ふと、深呼吸して近くにあったペットボトルの水を煽りただ映像を見つめた。
そして程なく、ガチャンと大きな音がしてドアが開いた。
兄さんと鍵屋の会話があり、ワンボックスカーが去る音が映像からも外からも二重に聞こえた。
そして映像の中の兄さんはふと周囲をさっと見渡してから別荘には入らずフレームアウトした。
千鶴が来る。
確信した。
車のドアが開く音に、二人分の足音がした。
そしていよいよ──。
画像に千鶴が映った。
青いワンピースに白のカーディガン。
お嬢様みたいな出で立ちだった。
「千鶴っ」
ようやく見つけた。
会えた。
生きてる。
良かった。
なんなら涙が出そうになった。
映像の千鶴に届かないのに声をかけてしまう。
なんなら飛び出して今すぐ抱きしめに行きたかった。
しかし、千鶴は兄さんにエスコートされながらどこかふらふらとしていて、まるで病院から退院してきた帰りに見えた。
そこまで鮮明じゃない映像でも千鶴がまとな状態じゃないとしれて二人が失踪した間に何が起きたのか、不安になった。
その様子からきっと千鶴が自分の意志で兄さんの側に居る訳じゃなそうとだと、安心もした。
不安と安心。
そのせめぎ合いに吐きそうな気分にもなった。
そして今すぐ兄さんを殴りつけてやりたい気持ちにもなった。
千鶴。
お願い、どうか無事でいて。
僕はそのまま祈るような気持ちで画面を見続けて、二人が別荘に入るのを確認してすぐに盗聴器の音声画面に切り替える。
画面は真っ暗だが、そのまま何か人の動く音が聞こえて。
遠くで何か兄さんだけが喋っている音がした。
そして遠ざかる声。
多分、リビングルームによらずに寝室の方に向かったと思われた。
そこで、ようやく僕も緊張の糸から開放されて、その場に倒れ込みたくなるのを──堪えた。
そして残りの水を一気に飲み込んだ。
水を飲めば飲むほど頭がクリアになっていく感じがした。
「ふぅ。少なくとも今日一日はここに留まるはず。そこを抑える。そこで千鶴を返して、いや絶対に奪う」
言葉に出すと俄然やる気が出た。
そして僕は次の行動を起こすべく、軽いストレッチをしながら頭の中で色々と思考を巡らせた。
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