奪い奪われて

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時間の流れが遅いと思った。 とろりとした時間の流れに息が詰まる思いだった。 それでも確実に時間は進み、日は落ちた。 夕方ごろになるとカメラと盗聴器に動きがあった。 どうやら兄さんがケータリングを頼んだらしく別荘の入り口に、一抱えもあるケースを持った配達員がやって来ていた。 そこから音声を聞くと、ダイニングルームで何やらケータリングを配膳する食器の音。 ぱちぱちと何か燃える音。 きっと暖炉に火を入れたと思った。 そうしてやっと、食事をする二人の声が聞こえた。 『今日は俺達の結婚式だ。さぁ、千鶴の好きなものを頼んだからいっぱい食べたらいい』 『……ありがとう……』 『後で、指輪を交換してドレスに着替えて。写真を撮りに行こう』 『うん……』 そして食器の音と。 ほぼ、一方的に喋る兄さんの声が続いた。 千鶴はずっと力ない声で、生返事で。 「うん」「えぇ」を繰り返すばかりだった。 なんだこれ。 「一体、兄さんは千鶴に何をしたの……?」 思わず口に出してしまった。 どう考えても千鶴の様子が変だった。 本当に病院から帰って来て療養の為に此処に立ち寄ったのかと思ってしまった。 姿こそ無事でも千鶴の心に何かあったのかと思った。 早く、助けないと本当に大変なことになるのでは。絶対に失敗は許されないと思った。 時計を見ると19時。 二人はまだゆっくりと食事をしている。 このあとも兄さんは準備に夢中になると思った。 ──よし、今だと思った。 僕は既に準備を終えている。 食事もちゃんと食べた。 持って来た荷物は再び全てダンボールに詰め直した。着払いの伝票も張って指示をお願いしたメモの上に此処の鍵を置いた。 いま、聞いてる音声もトランシーバーを通してイヤホンに切り替えていた。 服装も防寒対策のものと防刃製品のシャツも着ている。 セラミックの刃物如きでは僕の皮膚には到達しないだろう。 ──そんな事にならないように祈るばかりだが。 そして、やっぱりウィッグは付けていた。 とにかく時間を稼いで警察が来るまで時間を引き伸ばしたらいい。 やはり、最初から警察を呼ぼうかと思ったが兄さんは少なくとも「捜索願い」の中でも「一般家出人」と判断されている。 警察のデータベースに既に顔写真は掲載されているだけで、それで捕まる事はない。 むしろ、兄さんは知ってるんじゃないかと。 それぐらいはチェックしてそうだと思った。 だから僕が通報して兄さんが警戒し、逃げると思ったからやっぱりこの線はナシだった。 スマホを腕のポケットに入れて、イヤホンを耳に付けて二人のなんとも空虚な会話を聞きながら僕はペンションを出た。
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