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兄さんはただひたすら僕を睨んでいた。
近くにある暖炉の炎が黒い瞳に反射して、まるで黒炎を瞳に宿しているようで正直、怖かった。
千鶴は兄さんに囚われて腕の中で石像のように固まっていた。
そんな緊迫した状況にともすれば、震えだしそうな僕は落ち着いて、ゆっくりと時間をかけて喋った。
「これで帰る訳がないよね。兄さんなら分かるでしょ?」
「さっさと要件を言え」
「だから、千鶴を返して。そして……兄さんも戻って来て欲しい。父さんも母さんも心配している」
「──俺が千鶴をお前に差し出して、俺は泣き寝入りしろとでも? 無茶苦茶だな」
僕もそう思う。
こんな会話の内容に意味はない。
時間が、欲しかった。
僕は何でもないようにお腹を撫でる振りをして腕時計を見る。
ここに来てから5分も立ってなかった。
どうにか後最低、5分。
出来たら10分時間を稼いだら──僕の勝ちかなと思いながら喋った。
「……スタンガンの事は見逃して上げるから、それでどうかな?」
「もう話す事は何もなさそうだな」
兄さんはふと壁時計を見始めた。
あ、やっぱり兄さんも気づき始めたかなと思った。
仕方ない。
全部ばらそうか。
「……今、どうやってここから立ち去ろうとか考えてない? 確かに兄さんは別に警察に捕まらないけれど千鶴を奪われた千鶴の両親はどう思うかな? そんな普通じゃない様子の千鶴を警察は流石に放っておかないんじゃないかな?」
「何が言いたい」
「逃げれると思わないでってこと。外の車のドアロック解除ボタンはさっき僕がここに来る前に潰した。ついでにミラーも折ったし、フロントガラスにはペイントボールを投げてやったからまともに走れないんじゃない?」
ナンバーも確認済み。
GPSもつけてる。
兄さんはただ、黙ってぼくを睨んだ。
そう、僕はここに来る前に用意は全部済ましていた。
話しを続ける。
「それと、ここに入る前に警察、両親、千鶴の両親にも全部連絡済みだよ。もう少しで警察は来ると思うよ」
「本当にクソガキだな」
兄さんが忌々しげに呟いた。
「ほんと、そんなふうに言うの兄さんぐらいだよ。兄さんならドレスを着た千鶴を連れて逃げるってどれぐらい難しいかわかるよね?」
そう、だから僕は千鶴がドレスに着替えるのを持った。そんな姿の人間を連れて移動なんて目立ちすぎる。
少なくとも車の移動手段じゃないと無理だろう。
徒歩なんて論外。
黙る兄さん。
僕はここでようやく生まれて初めて主導権を握ったと思った。
「ねぇ、兄さん。僕は少し会話が楽しくなって来たから、もう少しぐらい付き合ってよ」
いつか吐かれた台詞も返してやった。
しかし兄さんは不敵に笑って。
「それがお前が描いたシナリオか。まぁ、悪く無いんじゃないか。ガキなりに頑張ったな。ただ所詮ガキレベルだ」
そう言って、兄さんは暖炉の上に手を伸ばした。僕からは死角で見えなかったが。
それが何か全貌が分かった瞬間、ゾクリとした。
今度こそ生命の危機を感じた。
兄さんが手に持ってるもの。
それは──猟銃だった。
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