奪い奪われて

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奪い奪われて

その日、憔悴した両親が結婚式を中止すると僕に伝えた。 そしてどちらも僕に「光だけは居てくれ、何かあったら直ぐに相談して欲しい」と懇々と僕にかける期待と不安を語った。 僕はただ、穏やかに「そうだね。何かあったら相談するね」と微笑んだ。 その微笑みの裏で「ここまでか。もう二人は、僕の手の届かないところに行ってしまった」と、形容しようがない黒い焦りが、月並の絶望が拡がって行った。 ──そこから適当に両親の話しを聞き流し、自分の部屋に戻り、ベッドに倒れ込みそうになる直前にはっとなった。 そう、思い出した。 「……ウェディングフォト……」 千鶴が言っていた。 「そうだよ。そうだ。ウェディングフォト!」 そう、千鶴が兄さんに成り行きで強請ったこと。 湖のほとりで、僕の家の別荘近くでウェディングフォトを撮ることになってしまったと言っていた。 兄さんは千鶴の事を愛してる。 そんな千鶴のお願いを、結婚式の事に関する事を無下にするとは思はなかった。 ひょっとしたら、もう撮り終えているかもしれない。 何処か違う湖のほとりで撮っているかもしれない。 沢山の『もし』が頭を巡ったが。 「兄さんはきっと約束を守る。結婚式の日にそこにいる」 どくんと、心臓が高ぶった。 二人の手掛かりを得たと思った。 どくどくと全身に巡る血を感じながら、僕は思い出す。 小さいときに僕も何回か行った事がある。 しかし、それっきりで親の自慢話しの為にある別荘。 あの別荘は何処だったろうかと、記憶の中の砂を。そのひと粒をすくい出すように、思い出しながら僕は自分の机に向かい、パソコンで調べた。 そしてモニタに映し出された風光明媚な湖の景色を幾つか見て、探して──見つけて。 思い出した。 「──近い。この場所なら行ける」 グーグルマップでグリグリとマウスを捜索して自分の別荘の周りや湖の近くを画面越しに凝視した。 そう、ここ。 この別荘でバーベキューをした。 湖は透明な水をたたえていて。 水が冷たくて泳げなかった。 大きな別荘は秘密基地みたいだった。 リスが出ると聞いて、僕はリスを見たくて。 兄さんが──僕の手を引いてリスを一緒に探しに行ってくれた。 そんな事を思い出した。 思い出に一瞬、胸が痛くなった。 その痛みを振り切るように僕は頭を降る。 そして呟く。 「……行くにも準備がいる」 空振りかもしれないと弱気虫が首をもたげるが、後悔先に立たず。 「必要な事を……まずは別荘の鍵。図面。間取り。地域の把握。交通情報……それから季節的には防寒装備もいるかな」 僕は椅子の背もたれに体を預けて考える。 三日。 三日の時間が欲しい。 当日直接行くのではなく、せめて前日に前乗りして事前準備、実際の土地勘を得たい。 出来たら、自分の別荘を別のところから見張れる位置取りをしたい。 そして結婚式の当日。 しかし、兄さんが警戒して次の日にウェディングフォトを決行するかもしれない。 だから次の日も別荘を見張っておきたい。 「──最低三日。僕が納得出来る、確認するのに最低必要時間。そして無断外泊が押し通せる時間かな……」 そのためには。 やはりお金がいる。 「ま、三日間の家出の小銭ぐらいなら何とかなるか」 ふと、笑みが知れないうちにこぼれた。 兄さん。 僕は何かに向かって努力するのは慣れているんだよ。そして。 「必ず結果を出すのが、僕なんだよ」 僕はそのまま兄さんと相見えるのに何が必要か、千鶴を助ける為には何が必要か。 その日、夜遅くまで頭がキリキリと痛むまで考えた。
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