金木犀のかおりには

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 友人はさながら風来坊のような生き様だが、意外と時間には正確だ。意外、と評しては語弊があるだろうが、兎にも角にもこと待ち合わせというシチュエーションにおいては遅刻したためしがない。 「我が地よ帰ってきたぞ!」  大袈裟な仕草で両腕を広げる姿は衆目を集めるに充分すぎたが、それも今さらな話ではあった。 「きみ関東出身なのかい」  顔を合わせるなり手渡された北海道土産へ視線を落とせばそこにはシンプルな紙袋のなかにしっかりと『鮭とば』の文字が見える。土産の代名詞である菓子ではなくつまみを選ぶあたり友人らしい。 「いんや、関東……、だったかな。まァミステリアスなほうが味が出るってものよ」 「今日日経歴の信頼性はなかなかに重要だと思うけど」 「お前さんは気にするかい」 「いや別に」  初対面ならいざ知らず、この友人とはそれなりに付き合いが長い仲だ。それこそ今さらな話である。 「で、どこで呑む?」  夕刻。待ち合わせた駅前は退勤する人々で続々と賑わってきており、友人とふたり人波を避けあてもなく裏路地へと足を向けた。夜の帳が落ち始めるなか居酒屋の灯りがあちらこちらで点り出す。 「お前さんち」 「結局?」 「うむ。だってそのツマミ、早く味わってみたいだろう」 「それは一理ある」  何より外では自由に煙草が吸えない。今も胸ポケットに入れてはいるが自宅から駅まで一度も出番はなかった。今や携帯灰皿を持ち歩いたとしても吸える場所は限られている。喫煙者に厳しい世の中になったものだ。 「さっきそこに金木犀が植えてあってな」  友人がおもむろに語り出す。 「あったね」 「北海道には金木犀があまり咲いてなくてな」 「寒さに弱いからね」 「本州に帰ってきてあの香りを嗅いで、秋だなァとしみじみしたわけよ」 「それがあの大仰なポーズ?」 「感慨ひとしお、ってヤツだなァ」  確かに友人の言う通り、先ほどから静かに漂う甘い香りには気がついていた。安物の香水よりはるかに芳しいその香りはさすが三大香木といったところか。ただ今は空腹を刺激する匂いのほうへそそられてしまうのは致し方ない。 「きみにとっては金木犀と言えば秋の到来なんだね」 「そうさなァ……」  友人はしばし首をひねった。 「いや、手洗いかな」 「風情も何もない」 「いやいやしかしお前さんだってそうだろ?」 「まあね」  簡単に同意を返すと友人はそうだろうそうだろうと頷いた。 「ふ」  思わず漏らした声を耳聡い友人は聞きつける。 「いくらなんでもトイレはなかったか?」 「いや」  笑いを飲み込むために咳払いをひとつ。 「仮に同じ金木犀の香りを嗅いだとして」  友人は興味津々といった様子で耳を傾けている。 「それを異なる人物ふたりに各々表現させた場合、『秋の到来を思わせる』と『トイレの芳香剤』が並び立つのだと考えたら可笑しくて」 「こればっかりは世代よな」  ここまで乖離する例はそうそうないだろうが、それにしても面白い構図だ。花木ひとつでこれほど変わるなら、人の印象というものも存外あてにならない。  友人とふたり、ほの暗い駅裏を連れだって歩く。夕焼けがか細く残る空に、明るく光る一番星がきらりと輝いた。
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