金木犀のかおりには

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 ところで近況は、と尋ねると友人はどうやら同窓会に出席していたらしい。高校時代の、と言うから今回の北海道行きは主にそれが理由のようだ。らしい、ようだ、と憶測ばかり連なるのはこちらが深く訊かないせいと友人も深くは語らないせいである。 「面白いことがあったのよ。まァ聞いてくれや」  多くを語らないわりに多弁なこの友人は、部屋に着いてからというものそれこそ湯水のごとく喋り続けたが、土産の鮭とばが半分減るころには件の同窓会へと話は戻っていた。 「そいつは教員をしているんだが、つい先日、子どもたちが肝試しと称して夜中の学校に忍びこんだんだと」 「怖い話だね」  台詞とは裏腹に世間話のていで相槌を打つ。心霊現象自体は毛ほども信じていないものの、仮に友人の言うシチュエーションが我が身に振りかかったならばそれは責任を問われる事態であり、その一点だけで竦み上がるには充分過ぎる代物ではある。 「そいつが勤める学校には例に漏れず花子さんの噂があるわけだが、子どもたちはその花子さんに会おうとしたらしい」  友人の話は続く。 「で、まァ家に子どもがいないってんで騒ぐ親御さんのおかげもありその夜のうちに子どもたちは無事家に帰り着いたのよ」 「めでたしめでたし?」 「いやここからが本番で」  友人は一口グラスをあおり再び言葉を継いだ。 「肝試しに行った連中――仮にAさんBさんCさんとする――は揃いも揃って悪夢にうなされたんだと」 「自業自得だね」 「怖いと思う場所へ行きゃそりゃ夢見も悪くなるってもんだわな。ただ、ひとり例外がいて、その子だけは悪夢を見なかったと」 「タフなのかな?」 「教員の友人が受け持つクラスはそれ以来悪夢イコール花子さんの祟り、って連日大騒ぎよ。尾ひれが立派すぎて火消しもできんらしい」 「ああ……」  要するに単なる学校の怪談がリアリティのあるゴシップと化してしまった、という話のようだ。子どもに限らず人は噂話を好む傾向にあるし、そこに実体験を持つ者がいるのならなおさら火は広がるだろう。 「という話を聞いて俺はハテナを浮かべたんだな」  ぱん、と友人が両の手を叩く。 「どこに?」  日本酒が注がれたグラスを傾けながらそう尋ねると、友人は待ってましたと言わんばかりに口を開いた。 「ひとりだけ悪夢を見なかった子ども、Dさんな、別にメンタルタフネスでもないらしい」 「へえ」 「そいつは――そいつってのは俺の旧友だが――『悪夢を見なかった』と言ったから俺はそのDさんも肝試しに行ったのだとてっきり思いこんでいたんだが」 「違うわけだ」 「肝試しに行こう、と計画していた子どもたちのうちのひとりではあった」 「怖じ気づきでもしたかな」 「それが違うんだなァ」  友人はにまりと口の端を持ち上げる。 「どれ、当ててはみないか」 「まずは問題を正確に述べてみなよ」  すべからく解にはそれに対応する問があって然るべきだ。問題もなしに解答を訊かれたところで導き出せるものなど何もない。  友人はでは、とひとつ咳払いをするとこう述べた。 「悪夢を見なかった子ども、Dさんはなぜ肝試しに参加しなかったのか」 「……それは解になり得る範囲がだいぶ広いと思うのだけれど」 「うんうん。お前さんの言いたいことはわかる。絞りこみ条件をつけるならその子の精神、及び健康状態は関係なく、極めて一般的で常識的な範疇の答えである。その日に限って工事がーやら、事件がー、ってのは、ない」 「これはきみが実際に聞いた話かい」 「うむ」  深く頷く友人にもうひとつ質問をする。 「一言一句、そのまま?」 「いや、プライバシーの観点から個人名は伏せさせてもらった」 「それがAさんからDさん?」 「人数はもっといたかもしれないがまァそこはたいして関係ない」 「もう一度確認するけれど」  空になったグラスを置き縁を指で叩く。こん、と軽い音がした。 「きみは教員だという旧友から話を聞いただけなんだね?」  友人は人懐っこい笑みでそれに応えた。 「そう!」
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