第一章 出会い

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 口座開設が滞りなく終わると月冴はにこりと微笑んで礼を言った。そして男性行員に「素敵なお名前ね」と名札を指差し告げた。陶器のような細長い指がしなる。  桜井青葉。まるで春の暖かさを連想させる名前である。  突然自分の名前を褒められると予想していなかった桜井青葉は照れたように頭を掻いた。 「いえ、でもあなたの名前も素敵ですね。……真っ白い雪の中冴える月。全ての音を飲み込んでしまうような幻想的な世界。儚くも気高い美しさを感じられます」  大抵の男は、美しい月冴に声を掛けられると、戸惑いや動揺の表情を見せていた。相手がしどろもどろになった時点で優劣関係が生まれる。今回も同じだと思ったが、月冴の予想に反して、目の前の男は動揺を見せつつも、月冴を歯の浮くような台詞で褒めてみせた。 「また何かあったら桜井さんを指名させていただくわ」月冴は可憐な微笑を携えて窓口を後にした。窓口に置かれたコイントレーの下に自分の身分証明書をそっと忍ばせるのも忘れない。今回もきっと上手くいく。月冴は自信たっぷりの笑みを浮かべた。青葉に向けた可憐な笑顔とは正反対の氷の冷たさを思わせるような冷笑だった。
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