第一章 出会い

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「いえ、そんな、月冴さんが泣く必要なんて……」月冴の涙を見て我に返った青葉は何度も謝罪した。そして月冴の優しくて美しい涙に青葉も感情の昂りを抑えられず、今日はひと晩一緒にいてくれませんかと真っ赤な顔で月冴を誘った。月冴自身も俯き恥ずかしそうに頷いた。こんな展開になるのは初めてではない。慣れているはずなのに、青葉の純真無垢な姿に接していると「仕事」のことをつい忘れてしまう。  クリスマス、正月、バレンタイン、恋人同士のイベントを一通り青葉と過ごした後、月冴はある人物と駅で待ち合わせをしていた。その相手は月冴の兄であり、仕事のパートナーでもある白雪昴(しらゆきすばる)だった。兄といっても血の繋がった兄かどうかも不明である。月冴自身とまったく似ていないし、兄というより、月冴は仕事のパートナーとして接していた。二人で会っているときも兄とは呼ばず「昴」と呼ぶ。  そんな昴が待ち合わせの時間通りに月冴の前に現れた。温度を感じられない蛇のような瞳で月冴を見る。そして二人がよく仕事の打ち合わせをする喫茶店へと入った。その喫茶店は地下にあり、人の出入りも少ない。平日のコーヒータイムには丁度良い時間だったが、客は昴と月冴の他にいない。昴はホットコーヒー、月冴はホットカフェオレを注文した。 「決行は三月二十四日だ」昴が月冴に向かって告げた。月冴は返事をせずに昴の顔を見つめた。 「おい、何だよ。この仕事何年もやってきて今更やりたくないとか言うなよ」やりたくないわけではない。しかし月冴は理由を聞きたかった。そして、今まで口にしなかった疑問を昴にぶつけた。 「ねぇ、どうして殺さないといけないのか理由だけでも聞かせてよ」 「……俺たちは殺し屋一族に生まれた。理由はそれだけだ。お前が知って得する情報は何もない」昴は声を潜めて言うと、ポケットからセブンスターを取り出し火を付けた。 「今回のターゲット、桜井青葉を殺さなければいけない理由が分からないの」月冴が自分の思いを口にすると昴の右の眉が上がった。機嫌が悪い時の昴はいつもこうだ。 「お前は知らなくていい。知れば計画実行の時に迷いが生じる。そしてターゲットに情が移るのを防ぐためだ」計画実行とは「殺害」の瞬間のことを言っている。
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