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鍋
母さんが交通事故に遭ったのは昨日の夕方のことだ。買い物に自転車で出かけて乗用車に横からはねられたのだと聞いた。
昨日に引き続き、今日も僕は病院に足を運んだが意識不明なことに変わりはなかった。母さんの着替えやタオルなんかを取りに、とりあえず僕だけ帰ってきたのだった。
いつまでこの状態が続くのだろう。僕の心は生まれたてで危うげに揺れる、このストーブの炎のようだった。ちらついて消えそうになる炎を守るように、僕はストーブに手をかざした。
いままで守られて育ってきたのだと思い知る。年並に反抗したこともあったが、なんだかんだで愛されていたのだ。こんな形で知りたくはなかったが。
身体が少し温まると、コートを着たまま台所に行った。昨日からほとんどなにも食べていないので胃になにか入れたかった。
コンロの上に大鍋がかかっている。その鍋がいつから置いてあったのか、僕は思い出せなかった。母さんが事故の前に仕込んでいったものか、父さんが今朝にでも作ったものなのだろうか。
洗い忘れというのはあまり考えられなかった。母さんはそういうことをすることのないきちんとしたひとだ。
なにか食べ物が入っているに違いないと鍋を覗いた。
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