母さん

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母さん

 なかに入っていたのはぶり大根だった。  そうだった。ぶり大根は母さんの好物だ。ぶりも大根も美味しいこの季節、母さんは度々この料理を振舞ってくれた。ほかほかと湯気の立ったぶり大根を、父さんと母さんと僕で囲んで食したものだ。  そういう日が再び訪れることはないとは思いたくなかった。母さんだってそんなつもりでこの料理を残していったのではないはずだ。無意識のうちに僕はコンロのスイッチを回していた。 「だめよ! 火を着けちゃ!」  耳に飛び込んできた声に、僕は心底驚いて急いでコンロの火を消した。    母さんだ。  いつの間に帰って来たのだろう。もう病院はいいのだろうか。いや、そもそも母さんが事故に遭ったということも気のせいだったような気がした。悪い夢だったような。  辺りを見回したが、母さんの姿はない。でも、あれは確かに母さんの声だ。 「母さん?」  呼びかけるとダイニングテーブルの下からこつこつと机を叩く音がした。  恐る恐るテーブルの下を覗くと、母さんがテーブルの下に座り込んでいた。手にお茶碗と箸を持ってなにか食べていたようだったが、僕と目が合うとにっこり微笑んだ。
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