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第九章:イバラの森の魔女
ダミ子とマースはドラゴンの背に乗せられ空を飛んでいた。
「呪いを解いてくれた礼にイバラの森入口まで送ろう」
入口までというのは、ドラゴンは自身が巨体のため、イバラの絡まる細い入口に入れない。塔がある最深部まで辿り着けないため、降ろすのは森の入口までとなる。
上空から深い緑色の森が見えた。
「これは“ハクチュームの森”。この森の奥にあるのが【イバラの森】じゃ」
「その奥の森の奥にあるのが魔女の住む塔か」
なんかラスボス感半端じゃないな。大変なバトルにならなきゃいいけれど。
ダミ子はだんだんと暗い色に染まっていく空の色を見て不穏さを感じた。
「見えた! あのイバラがそうだ!」
そこには鋭い棘が幾重にも絡まる太いイバラが生えていた。まるで森林のように棘ある蔓は多方面に広がり辺りを侵食している。
その一番奥に蝋燭のように細い縦長の建物があった。塔だ。
「あれが、魔女が住む塔」
「塔の前で降ろしてやりたいが、イバラが地面にまで伸びてるせいで着地できんのじゃ」
地面は棘の海だった。地面に這うイバラは波のようにうねりその蔓は塔にまで巻きついている。
いや、塔を中心にイバラが生えてるのか。まるで塔へ送る静脈のように見えた。
「さて、わしはここまでじゃ」
「ありがとう。助かったよ」
ドラゴンから降り二人はイバラの森入口へ立った。
ここからは二人。
「何度も言うが魔女には気をつけろよ。得体の知れない相手に油断するなよ」
「ああ」
「気を引き締めます」
「お主ら二人の健闘を祈る。火山から応援しとるぞ」
ドラゴンと別れダミ子とマースはイバラの隙間を潜り抜け、狭い入口を入っていく。
「あちこちイバラだらけだな……迂闊に手を振り回したら刺さりそうだ」
上も横も下もどこを見てもイバラだらけ。
両サイドに生えるイバラは空へ向かって伸び、中心にいくにつれて半円を描くように地に落ちる。アーチのようだった。
棘の絨毯を踏み分け、イバラのアーチを潜り、前へ、前へと進む。
「なんか妙な森ですね」
「マースくんも目に入った?」
「はい。これ、なんなんでしょう。スプーン?」
森を歩いていると時々銀色に光る何かが見えた。暗い森に不自然に光る銀色は自然と目に入る。
銀色に光るそれはスプーンだった。どれも全部折れ曲がっている。
「全部折れてますね」
「棄てられているのか? こんな大量のスプーンを全部折るとは、マジックの練習でもしてたのか」
「魔女なのにエスパーに憧れるのはないかと……でも、なんだろう。ちょっと気味が悪いですね」
「何かの示唆じゃなければいいが」
闇のように暗い上空でコウモリが飛んでいる。虫のようなカラスのようなよくわからない鳴き声が響いている。スカピー火山やスヤスヤ村と同じ北の地なのに、吹く風も温度も生温い。湿度も高くジメつくせいか土の匂いも濃い。
「塔や魔女と聞いてメルヘンを想像してたが……」
墓地みたいだな、と粒やこうとしたところで上空で見た蝋燭が見えた。
白く細い建物。
魔女の住む塔だ。
目の前の古びた木製のドアの前に立った。
「ドアノブがある扉だ」
「素朴ですね。塔ってより一軒家みたいだ」
「……それじゃ」
マースと目で相槌を済ませ、ドアノブを叩いた。
コン、コン、コン。
「もし! ここに魔女さんはいらっしゃるか? 頼みごとがあってここへ来た! いたらドアを開けてくれ」
すると、すぐドアノブが捻られた。
ガチャ。
「いらっしゃ~い」
普通に気さくに迎えられた。
「なにかご用?」
塔から出てきたのは、栗色のウェーブがかる髪が腰まで波打つ美しい女性だった。
「あの、あなたは、イバラの森の魔女さんであってる?」
「イバラ? ああ、そんな呼ばれ方してるのね。たぶん私よ。だってこの辺に他の人なんて住んでないもの~」
女性はおっとりした物言いでダミ子たちを塔の中へ招いた。
「お茶でもいかが? 用はケーキでも食べながら聞きましょう?」
塔と聞いて厳かなものを想像したが、魔女に招かれ入った部屋はいたって普通のシンプルな部屋だった。
壁に掛かるランタン、木製のクローゼット、ふかふかのソファーに香水瓶が並ぶ鏡台。
花柄模様のテーブルクロスが敷かれたテーブル、その上には一輪挿しが置かれ、そこに運んできたケーキと紅茶を置く。
華やかになるテーブルにつく女性もその雰囲気と似合ってたおやかで優雅。
少し緊張しつつソーサーのカップを口元に運びながらダミ子はこちらの目的を目の前の魔女に伝えた。
「なるほどね。病気の特効薬を作るのに、私の涙が必要なわけだ」
「どうか涙を分けてもらえないだろうか」
「いいわよ~」
魔女は自分の二の腕を思いきりつねった。
「う、いたたたたたっ」
その瞳からぽろぽろと簡単に涙が零れた。
慌ててダミ子が蓋を開けた小瓶で涙をキャッチする。
涙は小瓶いっぱいになった。
「これで足りるかしら?」
「こんなにあっさり手に入るなんて……」
「簡単なら簡単で嬉しいんですけどね。今までが今までだったから」
ダミ子たちの反応に「あら。今まではそんなに大変だったの? もしかして私ってすごくいい提供源だったりする?」
「「ええ、すごく」」
得体の知れない魔女なんて聞くからビビってた。
普通に良さげな人でよかった。
「ん?」
部屋の奥になにか置いてあるのに気づく。
「あれは?」
「ああ、ベッドよ。日当たりが強いから移動させたの~」
そういえばこの部屋何か足りたいと思ったらベッドがなかったんだ。
でも、移動するにしてもなぜあんな奥に。
(それに、あのベッド……)
誰か寝てる?
「さ、材料も無事全部揃ったのでしょう? さっそく薬を早く作ったあげなさいな」
魔女は下の階まで降り、私たちを見送ってくれた。
「ありがとう。これで薬が作れるよ」
「ありがとうございます」
口々に礼を言うと魔女は笑顔で手をふる。
「いいのいいの~困ったときはお互い様でしょ。気をつけて帰ってね」
「では、私たちはこれで」
「失礼します」
塔を後にイバラの森へ足を向ける。
「一瞬でも目を覚ますといいわね……」
「え?」
微かにそんな声が聞こえた気がした。
振り返ると塔のドアは閉められていた。
「気のせいか」
気のせいだろう。
だって綺麗だけど、穏やかで朗らかないい人だったし。部屋だって素朴で可愛らしかったし……
「あの部屋のベッド」
ただ、うっすら見えた奥のベッドだけ、なにか異質な感じがした。
それに、ベッドのことを話したときの彼女の顔。
笑顔のなかに曇りが見えた。
「ダミ子さん」
黙り更けるダミ子にマースが声をかける。
「どうしたマースくん」
「僕、あの魔女さん初めて見た気がしませんでした」
「なんだナンパか?」
「違いますよ! そうじゃなくてなんか、あの人の顔、どこかで見たことあるような……」
「気のせいだろ。材料は揃ったんだ。あとは私たちがしっかり秘薬を完成させるだけ。終わったことにケチつけるのはやめよう」
そう言うダミ子だったがマースも魔女に対して違和感を持ったらしい。
(……虫の報せでなければいいが)
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